アイより愛し~青の王国と異世界マーメイド~

3



 ――いちばん、はじめ
 マナと初めて出会ったのはこの場所
 マナもぼくも、今よりずっと幼かった
 まだ“こども”だった

 ぼくが王と呼ばれる前――まだあの海にはぼくひとりだった
 持て余す力は時々制御できず、偶然流れ着いた異界の海で、ぼくとマナは出会ったんだ

 ぼくが自分の世界を、自分の海を出たのはそれが初めてだった
 ぼくの力の及ばないその海で、ぼくはただ流されることしかできなかった
 そんなぼくを助けたのがマナだった

 何故かは、わからない
 マナは肉体を持たないぼくに、触れることができる少女だった

 浜辺までぼくを引き上げて、ぼくを見下ろすその瞳。
 姿形は人に近いぼくを本物の人間だと思ったのだろうマナは、溺れたぼくに口づけをくれた
 それは後から、助ける為の手段だと知るのだけれど、その時のぼくはそんなことを知るはずもなく
 かといって、口づけの行為すら、初めで

 人の体温のあたたかさを
 触れる肌の熱を知る
 互いの吐息が絡むのを
 相手の一部が自分の中に入ってくるのを

 自分という存在と、そして異なる他者という存在を、初めて知ったのだ
 
 目をまるくして固まるぼくに、マナは屈託なく笑った
 無事で良かった、と零しながら

『海の底まで泳いでいたら、あなたが突然現れたの。王子様を助けた気分。あたしは人魚姫じゃないけど』

 その時感じた
 確信した
 この少女は、この海に愛された少女なのだと

 それから帰り道を見つけるまでのほんの少しの間
 人間のふりをしてぼくは、初めて陸に上がることになる

 ぼくがあの世界に大地を許したのは、紛れもなくマナの影響だ
 そして人間を住まわせたのも

 ほんの淡い希望があったのだ
 海では暮らせないマオが、生きる地としてあっても良いと
 もしもマオが、ぼくの世界にきた時――そんな夢物語のような気持ちで、人間の歴史を見ていた

 だけど干渉する気はいっさいない
 生きる世界の異なるその小さな存在は、マナと違ってただ見ているにはつまらない存在だった
 
 時折、マナと似たような性質をもった存在はいないかと海を越えてみることもあったけれど、やはりそんなことはありえなかった

 今では心から後悔している
 マナのいない世界など、なんの意味もなかったのに

 惜しみながらもマナと別れ、自分の世界へ帰ってきたとき
 “ひとり以外”を知ったぼくは、子どもたちを作ることにした

 体の少しずつから魂を削り、海の底に転がっていた石に注ぎこんでやる
 ぼくの海で生まれた子たちは、ぼくの魂と意志をただしく継いで、広いばかりだったこの海を治めるようになった

 石の性質が作用するのか、みな同じ性格ばかりではなく、見ていておもしろい
 ひとりだったこの海に、気配が、声が増えていき、いつしかいっぱいになり
 “父上”とぼくを呼ぶ子どもたちを、大切だと思うようになった

 感情というものを持ち合わせていないぼく達が、マナから受け取ったそれをぼくの魂と共に少しずつ継ぎ、自らの中で変容させ
 次第に人に興味をもつもの達が、異界を越え始める
 ぼくの目の届かない場所で子ども達が、ぼくの手から離れていくのを感じていた

 すべてぼくから生まれたものなのに、なぜ
 ぼくは失うばかりなのに、なぜ――

 子ども達は人の世界にキセキを与え、加護を施し、近しい存在を認め、海を繋いだ
 そして時を越えてマナがその地に降り立つ
 ぼくの元ではなく、その大地に

 そして、とうとう
 人に恋をしたものが、現れた
 

―――――――…

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