アイより愛し~青の王国と異世界マーメイド~


 翌朝目を覚ますと、白いカラスは昨日と同じ窓枠のところに居た。
 その姿を寝ぼけ眼で見つめながら、昨日のことをぼんやりと思い出す。

 無意識にか、抱いたまま寝ていたお守りの短剣。
 自分の温度が馴染んでほんのり温かいそれは、そこに居るカラスの温もりのように思えた。
 それを確認してほっと息をつく。

 それからベッドを出て乾いていた制服に着替えた。
 周りから浮いてしまうけど今さらだし、やっぱりこっちの方が落ち着くのだ。
 それに、スカートのポケットに短剣を持っておけるのにちょうど良いと思ったから。

 先にポケットに入れておいた携帯を、手にとる。電源は切れたまま。
 昨日シアからこの世界ともとの世界の時差の話を聞いてから、考えていた。
 不確かではあるけれど、約5日間の時差。時間のずれ。
 こちらの世界での5日間が、もとの世界での数時間にあたるなら…5日以内にまた戻ることができれば、もとの世界ではなんの変哲もない日常に間に合うのだ。
 「また明日」と交わした七瀬との約束を、破らずにいられる。

 シアと言葉を交わす度に、ゆらゆらと心は揺れた。
 あの懸命な小さな背中を、哀しげな幼い横顔を、本人さえ気づかない涙の痕を。
 見る度その力になってあげられたらと。
 できることがあるなら、あたしに力があるなら、差し出したいと思った。

 その思いにウソはなかった。
 たぶん彼がそうさせる人間なんだろうと思う。
 だからこそ余計に、これ以上シア達と関わるのがこわかった。
 あたしはやっぱり、この世界で生きていけない。
 この世界でできることが、あるとは思えない。
 魔法とか、呪いとか、戦争とか。あたしにはムリだ。受け止められない。

 ――こわい。
 生きてきた世界が、まるで違うのだから。

「……シアに会ったら、ちゃんと言おう」

 シアは話を聞いてくれるひとだ。
 明後日には港に着く。
 そこで船を下りて、シアの元へ行って、お守りを受け取って。
 そして、帰る。もとの世界へ。

 方法はわからない。だけどここに連れてきた本人が、あたしの中に居るのだ。
 一度は帰れた。きっとまた戻れるはず。
 そうしてあたしは、普通の平凡な女子高生に戻るんだ。
 普通の恋をして、平凡な日常を送って。
 そうすればこの不思議な世界での出来事も、いつか夢物語に変わるはず。

 そしてそれでもきっとあたしは。
 シアのことだけは忘れられない。
 そんな予感がしていた。


―――――――…


「進路に異常はありません。警戒海域も本日中には出るし、無事明日にはイベルグに着きそうですね」

 航海士レピドの業務報告に、その場に居た全員が安心したように息を吐き出す。
 その内容にはその場に居たあたしも、内心ほっとした。
 アクアマリー号滞在目4日目の朝。
 船の生活やサイクルにも少しずつ慣れてきた。

 白いカラスはあれから、あたしが部屋に居る時は窓枠に、船内で動いている時はマストに居るようになった。
 気付けば目につく場所にいるそのカラスは、途中から本当にあたしを見守ってくれているようにさえ思えた。
 もちろんその向こうに常時シアが居るとは思わないけれど。

 今あたしが居るのはアクアマリー号のブリッジと呼ばれる場所で、実際来てみると船の操舵室だった。
 居るのはあたしを含めて7人。
 この船の主要メンバー(あたしを除く)らしい。

 船長のレイズを中心に、副船長、航海士、それから船員チームのチームリーダーだと聞いた。
 このメンバーでの定常報告は毎日同じ時間にこの場所でされているらしいが、あたしが呼ばれたのは今日が初めてだ。
 あたしは正直ここに呼ばれた理由も分からず、いたたまれない思いをしていた。
 一言二言ずつのそれぞれからの報告を黙って聞いていたレイズが、最後に隣りのあたしの方に顔を向ける。
 どきりとするあたしに、レイズの視線を追って周りに居た全員の視線まで、あたしに集中してしまった。

「そっちはどうだ、マオ」
「えっ、どう、っていうのは…」

 急にふられてしどろもどろで訊き返す。
 途端にレイズは呆れたように破顔し眉間に皺を寄せた。

「おまえ自分の役割を忘れたのか。この船の魔導師だろ」
「あ、そっちか、えっと今のところは、何も…」

 なるほど、だからあたしまで呼ばれたのか。現状の確認と業務報告の為に。

「そうだ、船のマストが気になるのですが…マオは何か感じませんか?」

 ふと便乗したように話に入ってきたのは航海士のレピドだ。
 レピドは生まれつき僅かながら魔力を持っていたらしいが、魔導師にも神官にも、なりえるに至らなかったらしい。
 白いカラスの姿は視えないが、何かを感じとっていたみたいだ。

 あのカラスを視れるほどの魔力を持つ者はこの船には居ない。
 それはこの船に居て感じ取ることができた。
 実際それを口にしたのもレピドが初めてだった。

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