アイより愛し~青の王国と異世界マーメイド~


「…ウスイマオ?」

 復唱されたので、とりあえずこくりと頷いておいた。
 それからわずかな沈黙を置いて、目の前の男の子が再び口を開く。じ、とこちらを見つめたまま。

「海神トリティアでも、眷器イディアでもなく?」
「は、はぁ…」
「なんだその返事は。どっちなんだ」

 明らかに年下であろうその男の子の物言いに、流石にカチンときて睨みつける。
 王様だがなんだか知らないけれど、いろいろ訊きたいのはこっちだ。
 一番混乱していて、一番状況の説明を求めているのは、あたしの方だ。

「…っ、だから、違うってば! あたしは、碓氷真魚って名前で、そのナントカっていう神さまでも 武器なんかでもなくて、ただの平凡な女子高生だってば!」
「…ジョシコーセー? なんだそれは、称号か?」
「何って言われても…と、とにかく…たぶん、人違い…って言い方で合ってるのかもわからないけど、あなた達が求めてるのは、あたしじゃないです。きっと」

 声を出したら少しずつながら力が戻ってきた。
 はぁ、と息を吐き出す。
 冷たい空気が代わりに肺に流れ込んで、脳も心臓も落ち着いてきた。
 目の前の男の子は、苦虫を噛み潰したような顔で口元を片手で覆い呟く。

「…リシュカ」
「…精霊も神も、イディアが仮に“意思を持つ武器”であったとしても、基本的に嘘は言いません。この者が別世界の者であるのは間違いないでしょうが…」
「…そうだな。“召喚”の門は違えるはずがない。おれが“喚ぶモノ”を間違えたというのが妥当か」
「ただ、術式自体は私が一度確認しています。多少無理があったのは事実ですが、こうも全く異なるモノが召喚されるというのは、腑に落ちませんね」
「…儀式が失敗したのであれば、術は空振りここへかえってくる。そうはならずここへ現れたこいつは、何者だ?」

 またもやついていけない会話を繰り広げていたそのふたつの声音が、再びしんと止んだ。
 もはや理解する気などなかったあたしの方へと、もうひとつの影が動き出す。突き刺さる視線がそれを伝える。
 カツンと鳴る靴音は、さきほどのそれより静かに響いた。
 薄闇からゆらりと這い出る布の擦れる音。

「得体の知れない存在であるならば、存在を抹消するのが一番です」

 あたしの目の前に立ったその人は、真っ黒いフードを頭からかぶりそのまま同じ色の布が全身を覆っている。
 顔は見えない。すらりと伸びた身長に、フードから流れる金色の長い髪が歩く歩幅に合わせて揺れていた。
 身長的におそらく男の人。だけど物腰というか雰囲気は、なんとなく女性を思わせるものがあった。

「我々が求めた、海神トリティアでも、眷器イディアでもなく。そして儀式が妨害された可能性を考慮するのであれば、逆に送り込まれた刺客という可能性が高くなります」
「…待てリシュカ。おれの儀式を妨害できるような者は、もはやこの国には居ない」
「断言はできません。少なくとも我が国に仇なす可能性がある以上は捨て置けません」

 距離が、少しずつでも確実に、縮まる。
 風のない部屋でその人の周りだけ、空気が揺らいでいた。
 すらり、と。その腰元から一筋の光が覗いた。

「…!」

 イヤでも理解した。その手に持つ物が一体どういう物で、そしてそれが自分に向けられているという現状を。
 あたしを、消そうとしてるんだって。
 よくわからないけど、理解できないけど、何もなかったことに、しようとしてるんだって。
 反射的に退いた体に水音が撥ねる。

「…待てリシュカ」
「ジェイド様は甘すぎます。この娘が味方である確証などどこにもないのですよ」
「だがこいつは、おれが喚(よ)んだんだ」

 ふたつの影が並び、対峙する。こうして並ぶとだいぶ身長差があった。
 自分は下から見上げている分、実際の身長はわからないけれど。

 ふと青い瞳があたしを見た。
 やっぱり、綺麗だ。
 場違いにもそんなことを思わずにはいられない。

「…お前、もう一度訊く。名は?」
「……真魚」
「では、マオ。お前はおれの呼びかけに応じた。お前はもう、おれのモノだ」

 一瞬何を言われたのかわからなかった。
 少女マンガ的に口説かれたのだろうか。
 ついさっきまで殺されかけたと思ったら。
 勿論、そんなわけはないのだけれど。

「呼んだら来たんだ。殺すのは惜しい。だから。おれの為に、生きろ」

 ――なんて、身勝手な。
 年下にそんなこと言われたのは、初めてだ。
 そんな傲慢なことを、そんな優しい声音で言われたのは。
 だけどその目は真剣で、そして何故か哀しげで。
 逸らすことなどできなかった。

「この王国は今、かつてない危機を迎えている。お前がおれの助けになってくれるのであれば…お前が何者でも構わない。おれがお前を、求めてやる」

 差し出された右手。
 自分の手よりもわずかに小さいその手は、あたしを助けてくれるのか、それとも助けを求めているのか。

 わからない、だけど、胸が動いた。
 胸のずっとずっと奥が、小さく泣き叫ぶように。

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