God bless you!~第6話「その手袋と、運命の女神」・・・文化祭

……要請されたからには、応えよう

午後4時を過ぎる頃、生徒会室はにわかに慌ただしくなる。
売り上げの集金が始まるからだ。2日が全部終わってから渡してくる所もあるが、安全を考えて1日目に預ける事が多い。
『今日の駅前カラオケ。時間はメールするって黒川が言ってるよ』
OK。
ノリに返信。
「金取りに来て!」との6組からの要請に応じるべく、俺は重い腰を上げた。
行けば、2年6組〝焼きそば〟は、まだまだ一般客が引きも切らない大忙し。
「吹奏楽が固まって抜けちゃうし!」
「女子が軽音ライブに行っちゃって……」
「トイレも行けないよぉ~!」
嬉しい悲鳴を通り越して、哀しい叫びにも似た断末魔の呻きを浴びせられた。
専用ケースを開くと、札束と割り箸が入り乱れている。ゴミと金の分類も覚束ない程、忙しいという事か。
ケース内を整え、金と預かり証を引き変えて、俺は6組を後にした。
2年生フロアをなにげに巡回すると、模擬店を展開しているクラスは、6組、5組、1組である。
1組を覗いた。
出来れば触れたくないと避けていたのだが……理由は、ここが重森のクラスだから、ではない。ずっと閑古鳥が鳴いているから、だ。
「お客を全部、5組に取られちゃったぁぁん」
サインもデートも付かない古着のバザー。確かに、誰もそんなの見向きもしないだろうな。店の装飾も、何だかやけにくすんで見える。もう分かり過ぎるくらいに……やる気無し。
そこは、赤いジャージ軍団の都合の良い溜まり場と化していた。
そういう場所は酒とかタバコとかケンカとか、やってしまいがち。松下さんに言われていた事を思い出して、なにげに探りを入れる。
「さっき工藤がさ、オレの彼女だって連れてきたけど、あれマジ?ジョジョのスタンドじゃなくて?」
慌ただしさで、すっかり忘れていたな。
「そう言えば、連れて来るとか言ってたよ」
女子が、「愉快な勘違いじゃないのかよって」と薄~く笑った。
羨むでも妬むでもない、温度の低~い反応である。暇過ぎて、その類の神経がマヒしているんだろうと想像は付く。
そこへ、バッジとステッカーで、やけに作り込んだジャージを着た同輩がすり寄って来た。
「なぁ、右川とおまえって、マジで付き合ってたの?」
「違うって」
「んじゃ、生徒会の推薦で選挙出るとか言ってるけど、あれも冗談?」
「いやそれは……一応、立候補の候補みたいな感じで」
「そんな遠まわしやめて、おまえが出りゃいいだろ」
「てゆうか、おまえバスケ部だろ。永田を推さないのか」
「推さない!」と、そいつは両手を上げて、「あいつ女の事しか頭に無いじゃん」と、その両手を卑猥な手つきで、ふわふわさせた。
うん。
彼女の事ばかりではない。咄嗟に浮かんだのは〝巨乳・爆裂DVD〟。
「スイソー、無事に終わったの?」
女子がそれを尋ねると、興味のある面々……つまりバスケ部の5~6人が、一斉に聞き耳を立てたのが気配で分かった。去年のゴミ騒ぎが頭にあって、今も気になっているんだろう。
「今日は平気だったよ」
「今年って、どんな曲やった?」
分かる範囲で曲目を教えた。辺りは、「へぇ~」「ふーん」と当たり障りのない反応を見せる。
そして、次第にそれは吹奏楽部に対する悪口に変わり、
「あれAKBなの?演歌に聞こえちゃったんだけど」
「オレ、右翼の街宣車が来たのかと思った」
周囲がドッと湧いた。俺もうっかり一緒に笑いそうになって、ヤベヤベ、慌てて微妙に下を向く。歌謡曲は無理がある。確かにそれは思った。
そこでジャージ野郎が、ぴょろろろろ~♪と、フザけて踊りだし、
「やっぱ音楽に大事なのはビート感でしょっ」
こうして見ていても、おまえにそれほど良好なリズム感があるとは到底思えないんだが。
「あれだけ人数いたらさ、途中で居なくなっても分かんなくない?楽だよね」
「オレらなんか5人でスカスカ。走りっぱなしだもんな」
「あいつら生ツバとか、もうそこら辺に落とすんだゾ。キャハハハ!」
「もー、考えられないっ!重森のとか……ううっ、気持ち悪ッ!」
「モップで撫でたぐらいでゴマかすなって言いたくならない?」
「生徒会で消毒してくれよぉ」
「つーか、退治してくれよぉ」
「駆逐してよぉ~ん。沢村くぅん」
……要請されたからには、応えよう。
「それは言い過ぎだろ。俺らだって、フロアに汗散らしてんだから」
期待はずれの消毒&退治&駆逐に、辺りがスーッと引くのが分かった。
〝また沢村が硬い事言って楽しい気分がブチ壊し〟
〝てゆうか、あんたってスイソー側なのかよって〟
若干、空気が険悪になった事も分かった。戦う気満々で立ちあがったジャージ野郎を、「やめなよ」と咄嗟に止めたのは、薄~く笑った女子である。
こういう場合、俺は逃げない。
そう言えば格好良く聞こえるが、情けない話、逃げるという以前に、立ち上がる事が出来なくなる。どう見てもこいつよりは俺の方が背が高い。それで逃げようと立ち上がったら最後、威嚇してきた!と取られて、それこそ大ゲンカになりそうで……というか、一方的にヤラれるのが怖かった。
バスケ部員は、客観的に見る事が出来ないのだ。永田会長でさえ、会長と言う立場にありながら、吹奏楽部への嫌悪を隠しもしない。
確かに、心情的に共感できる部分はあるけれど、みんながみんな重森のように暴走している訳ではない。おとなしく真面目に活動してる部員が殆どだ。
ステージを見ていて思うのだ。ここでは絶対に言えないけど。
〝一般客をこんなに呼べる有志団体。それが存在する双浜高って地味に凄くね?〟
少し穿った見方かもしれないが、正直、少なからず誇らしい気持ちになった。
これは、驚く側にいるからこそ、分かる感覚かもしれない。
「あたしらって明日、何時からだっけ?」
女子が薄~く割り込んで、険悪な雰囲気を薄~く飛ばして。
「「12:30から」」
俺とジャージ野郎が、同時に答える。小さい事でムダに張り合ったように感じたのか、ジャージ野郎も居心地の悪さで目を反らした。
「確か、俺らバレー部の後だよな?」と、こっちが穏やかに歩み寄ると、
「あーあ、そんなら今年はオレらの念仏踊りが目立たねーじゃん」と、そいつも皮肉で応酬。100パーセント敵でもない代わりに、味方にもなれない。そんな温い対抗心を見せて、ジャージ野郎は教室を出て行った。
……根深い。これが来年も持ち越されると思うと、頭が痛い。
何処でもやるようにお金をまとめていると、「少ないんだけど。出来れば預けたい、かな」と、女子がやってくる。ン千円しか入っていない。
「無理に預けなくていいよ」
明日でもいいんだし。
それを言うと、
「実は、1万円無くなっちゃってさ。そういうのも言っといた方がいい?」
「って、結果的に言っちゃってるし」と、側で見守る男子が溜め息をつく。
「1万円。どうしたの?」
「聞かないで」
……盗られた?
専用ケースを囲んで、3人がお互いを探り合った。
女子は、「犯人は分かってるんだよね」と言う。
「誰?どこの先輩?」
「たぶん……重森」
「え?」
午後になって突然、両替してくれと2~3人でやって来た。全然入ってねーじゃんかよ、と文句を言いながら勝手に出し入れして、その直後からたった1枚の万札が消えた。
「だから間違いないよ」
男子に見守られながら、女子は俺に向けて神妙に頷いた。
こう言う時、思うのだ。これは〝課題〟だ。生徒会の力量を試されている。
「ちょっと行ってくる」
「あ、あたしが言ったとか言わないでね」
「僕も」
それには二つ返事で頷いた。
当然というか、バスケVS吹奏楽の大戦争に発展させたくはない。
そうは言っても……手強い課題だな。

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