God bless you!~第6話「その手袋と、運命の女神」・・・文化祭

そこまでハイレベルな女子

あの占いの予想通り、傷付き、傷付いた、という事なのか。
そこに右川がどう絡んでいるのか。肝心な事が何一つ伝わってこない。
『まさか、それって相手は藤谷?誰にも言わないから』
『違う!それだけは違う。もう誰とか聞かないでくれよ。終わったんだから』
本当に聞かれたくなければ、返信はそこで終わるはずだ。
わざわざ言うからには、突っ込んで欲しいに違いない。俺はそう確信して、
『おまえと同じクオリティって事は、相当イケてる女子だよな』 
盗み聞き、ネタバレを覚悟で踏み込んだ所、桐生は直接携帯に掛けてきた。
『おまえ、怖ッ!何でそれ知ってんの!?』
「藤谷とか言っちゃってゴメン。実は右川から、全部聞いた。……相手の事も」
これぐらいのハッタリ、いいだろ。
『あの、くそチビ!』
思わず吹き出した。
自分と同じ気持ちに並んで感情を曝け出してくれる存在に、心が軽くなる。
『昨日は右川に、いいようにコキ使われたよ。ムカつく』
桐生は本題そっちのけ、『何で俺がケツドリルとデートなんだよ!』と爆発した。ケツドリルとは、お尻に似た特徴的なアゴを持つ3年女子の事である。
抽選の結果、デート権はその女子に贈られたらしい。
俺は爆発的に笑いたい所をグッと堪えて、
「右川に関わったら損だぞ。最後は捨てられる。男子はゴミの扱いだからな」
『ゴミかよっ?!』
「ちなみに重森は〝カネ森〟。永田は〝兄貴の偽物〟」
桐生は、大ウケだった。
「ちなみに、俺は〝ツマんない仏像〟だけど」
桐生は、咳き込んでまで大爆笑で。おい、こら。
「笑えねーぞ。因みにおまえは〝無駄に目立って鬱陶しいだけのキリン〟だ」
そこまで右川は言ってなかった。白状しよう。この流れの中、桐生に向けられてきた積年の妬み&嫉みをブッ込んで、ここで一矢報いたかった!(許せ)
『俺はキリンか。良かった。生き物で』
「そういう問題じゃないだろ」
桐生は、『右川のヤツ、あれだけおごらせといて何だよぉ』と愚痴った。そこから、俺も屈辱の〝右川あるある〟をブチ上げる。桐生も色々と発散し、笑い合い、慰め合う展開となった。
聞けば、デート付き弁当箱を頼まれた時は、
〝とりあえず5組のバザーに関わっときなよ。それが口実でいつでもあの子に会いに来れるじゃん♪〟
『って、右川が言うから!』 
「ふんふん」
つまり、桐生の相手は、チビ以外の〝5組の女子〟と言う事か。
……誰だ?頭に女子名簿が踊った。
「普段おまえら仲良さそうに見えたから、普通に上手くいくだろ。そんな小細工しなくたって」とかって、訳知り顔を演じてみる。
桐生を振るなんて(誰だか知らないが)もったいない。
『そう見えたか。でも、更にそこからの付き合いは無理って言われてさ』
「何で?」
『体質が違うとか。体質って何?もう分かんねーって、そんなの』
「面倒くさいな、それは」
俺は頭の中で、そんな面倒くさい事を言いそうな女子を検索した。5組にも腐るほど居る。なかなか絞り込めない。
『沢村は知らないかもしれないけど、そいつ昔は今より痩せてたんだよ』
「へぇ~、そうは見えないけど」
って事は、俺とはそれほど接点が無い女子。そして見た目が、まんまるちゃん?
てゆうか、その女子の言う〝体質〟とは、そういう意味ではないだろう。
思いがけず、桐生の欠点、垣間見たり。
『普通にちょうどいいのに、そういうのって気になるのかなぁ』
痩せたい!と連呼している女子。5組じゃなくても腐るほど居るな。
桐生が、肝心の女子の正体をなかなか言わないまま、
『ラインは教えてくれたけど、とうとう1度も送らないまま終わっちゃって。今更送ったらヤベー奴に思われそうだし。え?そいつ?どこがいいって……性格?面倒見が良くて優しくて。まぁ可愛いっていうか、どっちかというと美人系かな。な、な、ちょっと〝こじはる〟に似てると思わない?』
とか言われても、そこまでハイレベルな女子が全く頭に浮かんで来なかった。
結局、誰とも教えられないまま、次第に話の内容は、恋バナ自慢。
そろそろ、飽きてきた……とも言えない。
『右川のヤツ、人の弱みにつけ込んで。彼女にやっぱ花束でしょ♪って、何で右川の分まで買わなきゃいけないんだよ!』
話は突如として、右川に戻った。こっちは吹奏楽部の発表が近づいて来て、時間も気になるし。そっと時計を確認すると……2時50分。
『後輩は色々と言い寄ってくれるけど、あんま興味ねぇしな』
己の恋愛事情、愚痴、自慢、そこでまた右川が甦って『クソ!』と怒りを滾らせ……延々と続く、桐生の日常を、俺はゆるりと聞き流していた。
あー、うー、といい加減に返事をしていると、
『……見てると、沢村ってずいぶん仲良いよな』
「バカ言うな。見てれば分かるだろ。良い訳ない」 
『マジで?でも右川が言うには……沢村に狙われてるとか言ってた』
「冗談真に受けんなって。それを言うなら、狙われたのは俺の方だろ」
『えっ!?そうなの?』 
桐生はたいそう驚いた。
「何を今更」
『あ、そ、そ、そうなんだ。それは……ごめん。邪魔して』
「だーかーらー、まだ言うか」
『あ、えーと。もうさ、俺の事は気にしなくていいから、出来たら普通に……桂木と、仲良くしてあげてよ』
突如現れた個人名に不意を突かれて、手からスマホを滑らせた。
その勢い、桐生との通信が途切れてしまう。
……俺、何言っちゃった……?
愚痴の延長だと聞き流して、思うままにブチ上げたのが大間違い。
サーッと、血の気が引く。
倒れたアクエリアスが、とくとく流れて、書類や〝巨乳・爆裂DVD〟を濡らすのをそのままに、俺はスマホ画面をひたすら叩いた。いくら叩いても桐生が出ない。呼び出してはいるものの、出ない。
しばらく呆然とする。
……体育館に向かう時間になった。
そこで直接通話を諦め〝さっきのは俺の勘違い!ごめん!〟
事実そのまんま、そこから本文は、知ったかぶりの言い訳と、聞き流していた事の謝罪と、当然ながら全ては右川の妄想、桂木と俺は何でもないという真摯な説明で埋めて、桐生に送信した。
ラインを聞いておいて本当に、本当に、本当に良かった……!
ひとまずスマホを閉じる。
桐生の相手は、桂木だったのか。
だからあの時、右川は「喜んでー!」と陽気に俺の呼び出しに応じた。
というか機転を利かせて、桐生と桂木を2人きりにしたのだ。
だけど、あの桐生がフラれるって、どう言う事だよ。一般女子の分際で、そんな事が許されると思ってんのか……思いがけず動揺させられた仕返しとばかりに、俺史上、歴史に残る最低発言を頭に思い描いてしまう。
てゆうか……誰が、桂木を狙ってるだと?
『電話寄越せ。090-****-****。これから吹奏楽だから、なる早で!』
『ラインでいい。誰が桂木を狙ってるって?今からでも俺様に謝れ!』
『大至急だ!』
立て続けに、右川に送った。ラインを知っていて、本当に良かった!!!
そこで、阿木と浅枝が、俺に呼び出されて戻って来た。
「悪いんだけど、片しといてくれる?」と、こぼれたアクエリアス周辺を頼んだのだが、マズい!と思ってからではもう遅い。
〝巨乳・爆裂DVD〟を当然見つけられて、2人に熱視線で蔑まれる。
「おおおおお、おまえの義理の弟が持ってきたんだからなっ!」
動揺ついでに阿木を脅して(?)、強引にその後始末も押し付け(最っ低!)、後ろ髪を(勝手に)引かれる思いで体育館に向かった。
吹奏楽部3年部長が、警備の立ち位置に駄目出しするのを遠目に窺いながら、スマホを絶えず気にしていると、
「切れ。じゃなかったら追い出す。それを客席にもアナウンスしろ」
重森がやってきた。……プロじゃあるまいし。
つーか、その言い種なんだ?それでも頼んでるのか。何様のつもりだ。それと同様の反応を、松下さん、実行委員会、舞台裏の部外者の誰もが発信している。
2日間、開催される吹奏楽部の演奏時間には、1日あたりおよそ45分。
これは演劇部に次ぐ長さだ。……それはいい。
午後3時から4時まで。これは、かなり恵まれた割り当て時間だ。それもいい。
クラシック演奏会が2000円とはお得♪そう考えた一般客が大喜びで押し寄せるだろう……だから、それもいいって!
「そんなの当たり前」とばかりに、ふんぞり返って要求を連呼する、その態度が頂けないのだ。
俺は、体育館ド真ん中の一本通路、中央辺りを見張るように言われた。
男子の委員が近づいてきて、「外を見張れってさ。さぶ」と忌々しそうに呟いて体育館を出て行く。実行委員、そしてバスケ部員。また急に冷え込んで来たな。
静かに、厳かに、演奏は始まった。
〝Sing Sing Sing〟
どこかで聞き覚えのあるメロディで、欠伸するほど退屈でもなく、だったら座って聴きたいという気分にさせられる。次から次へと入れ替わり立ち替わりのソロ・パートが高らかに響いた。いつかの後輩女子も健闘していたし、クラス演目とは大違いの意気込みの高さに、3組ピアノ奏者は大いに満足だろう。
AKBメドレーで聴客の興味を引きこんだかと思うと、〝ハンガリー民謡 孔雀〟で手堅くきめてみせる。音楽としてのレベルの高さは、俺には正直よく分からない。だが、この〝まとまり〟は秀逸であった。
指揮者が右を左を絶えず気にして、壊さず、乱さず、周りから固めるように音をまとめて、最後はド真ん中、盛り上がりを保って、そのままラストまで。
一糸乱れない仲間意識、そのレベルの高さは群を抜いている。
それが、双浜高が県北に誇る(地味にローカル基準)、総勢100名を超えるオーケストラであった。
体育館は大きな歓声と拍手に満たされ、何事も無く、吹奏楽部の演奏会は大成功で1日目の終りを迎えた。
こっそりスマホを覗いた。
右川からの連絡は、1度も来ていない。
『てゆうか……こんな長いライン、初めてもらったし (゜-゜) 』
桐生だけが、微妙な返事を寄越してくれた。

< 19 / 34 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop