雨の降る世界で私が愛したのは


 颯太はコーヒーを飲もうと紙コップを持ち上げたが空になっているのに気づくと自販機に向かった。

「一凛はハルと一緒よ」

 颯太が振り返る。

「冗談だろ?」

「冗談言ってどうすんのよ」

「まさか一凛ちゃんがハルを連れ出したとか言うんじゃないだろうな」

 ほのかが黙っていると颯太は

「そんなことして一体どうすんだよ」

 と憤る。

「わたしが二人を車に乗せて逃がしたの」

 驚きを隠せないでいる颯太に

 「悪い?」

 とほのかはたたみかける。

 しばらく颯太は黙っていたが、白衣のポケットから小銭を取り出し自販機に投入した。

 コーヒーの注がれる音が妙に大きく感じられた。

「で二人は今どこにいるんだ?」

 颯太の声は落ち着いていたが怒りを押し殺しているようでもあった。

「分からない」

 颯太は白衣のポケットの中で小銭を苛立たしげに鳴らした。



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