トライアングル・キャスティング 嘘つきは溺愛の始まり
19 月がきれいですね
兄が泊まっている部屋のシャワーから出て、さっき押し付けられるように手渡されたタオルと着替えを広げる。シャツと短パンが一緒に入っていた。

ちゃんと服を上下とも用意するのは兄の生真面目さの表れだけど、シャツはともかくとして下はサイズが大きすぎて見た目が酷くなるので無視する。


「そんな格好で出てくるなよ、心臓に悪い。」


兄の前で色気のない姿になりたくないと言う気持ちは、全く理解されないようだ。

鏡を覗き込むと魔法が溶けたように幼く戻った顔があり、小さくため息をつく。


「あの服じゃなければ、どんな格好でも良いってさっき言ったもん。」


容姿に引きずられて発言まで幼くなる自分が情けない。


明日にはもう会えなくなるというのに。

片想いの期間はうんざりするほど長く、何年かもわからないくらいだというのに。


恋人なら二人きりで熱く盛り上がる状況だけれど、長く兄妹で居続けた期間が何とも言いがたい距離感を発生させて気まずく漂う。


部屋を見渡すと、机の上にはイタリア語の参考書やレシピ集が置いてあった。


さっきは「あもーれ」なんて緩く言っていたけど、原書でレシピを読めるなんて相当イタリア語を勉強しているに違いなかった。


「危うく行かないでって言いそうだったよ。ちゃんと言ってよ……。」


さっきは旅行を取りやめるような気軽さで、私が嫌なら行くのを止めるなんて言って。


こんなに頑張って準備していることを、淋しさだけを理由に止めないで良かった。


「何か言った?」と首を傾げた兄に「こっちの話」と誤魔化した。
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