ハイスペック男子の憂鬱な恋愛事情
「いや、油売ってる暇ないんで、また会社に戻ります」

「えー?優李に会いに来たんじゃないの?」

ひとを色ボケ男みたいに言うな。

そりゃ、気持ちだけで言えば会いたいに決まってる。抱きしめて、説教して、ドロドロに甘やかしたいに決まってる。

が、今はあくまでビジネスパートナーとしてここにいる。

“黙って”ついてこい、と言ったオーナーの心配が杞憂だったとしても、声を繋ぐスマホを置いて出たことを考えると、俺だって万が一の心配をしないわけがない。


それに、これだけの大仕事をこの納期で挑戦してる優李の手前、俺が間に合わなかったなんてシャレにならない。

優李の集中を邪魔する余裕があったら、あいつが思わず飛びついて来るような舞台を用意しておかなくては。


「オーナーがこの書類にサインしたってことは、優李は問題ないってことですから」

「あらー。ずいぶん私のこと、信用してくれてるのねぇ」


“契約変更に、もしサインが貰えそうにない場合の奥の手だ。”

油断した魔オーナー様の冷やかし顔に、数時間前教えてもらったヘボ上司、坂上が吐露した言葉が、脳裏を過ぎる。


「それは宮下オーナーも同じことでしょう?自分の旦那を信用してるから、サイン、してくれたんですよね」

「!」


やっべー!初めて魔オーナーから一本取れたぞ!

珍しく、機嫌よく油断していたから、好奇心が優って、隙あり!と奥の手を無駄撃ちしてしまった。

ずっとヘボ上司だと心の片隅?で常に思い続けていたが、この魔オーナー様を仕留めた男なら、もしかしたらとんでもない何かを秘めているのかもしれない。


夫婦別姓はビジネス上あるとして、頑なにひた隠されていたこの関係は、少し興味が湧く。が。


「……私に売った喧嘩、買ってやるから後悔させんじゃないわよっておたくのヘボ上司に言っといて?」


オイ話が違うぞ何が奥の手だポンコツ上司。

優李が問題なくても、コッチのハードルめちゃくちゃ上げちまったじゃねーかヘボ坂上め!


どうやらめんどくさい夫婦喧嘩に、不本意にも一枚噛まされたようだ。

この逆鱗に触れた奥さんがヘボ坂上の思惑通りなのかは、また別のどこかの、彼が生きてる機会でもあれば、お披露目してもらうとしよう。

「承知致しました。こちらのレイアウトの詳細は、また坂上に伺わせます」

これ以上のとばっちりは勘弁だ。バトンタッチするから、そっちの喧嘩はそっちでやってくれ。
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