おばけの蝉山くん
「・・――是無上呪 是無等等呪 能除一切苦」

「羯諦羯諦(往ける者よ、)」
「波羅羯諦(往ける者よ、)」
「波羅僧羯諦(彼岸に往ける者よ、)」
「菩提薩婆訶 般若心経(幸あれ、悟りあれ)」

 おじいちゃんがよく唱えている般若心経は、小さい頃から聞きなれていたので暗唱できた。
 だけど、葬儀の時に本物のお坊さんが読経しても駄目だったなら、わたしなんかの読経じゃ尚更意味ないんじゃ・・・。
 今更ながら不安になり、おそるおそる目を開けると。

 正座しながら驚いたようにこちらを凝視して、ぽろぽろと大粒の涙を流す蝉山くんの姿があった。

「せ、蝉山くん・・・!?だ、だいじょうぶ?つらいの?」
 やっぱり、素人が軽いノリでやっていいことじゃなかったんだ。
 蝉山くんに申し訳ない気持ちでいっぱいになっていると、手にひんやりと冷たいものが触れた。

「ううん・・・。なんか、すごくきもちよかったんだ。ありがとう、大月さん」
 涙目でわたしの両手に縋り付きながら、ぺこりと頭を下げられる。
 よくわからないけれど、般若心経は幽霊の心に響くようだ。
 あと、異常に冷たいけど幽霊の手の感触って人間と変わらないんだ・・・。

「そ、それならよかった・・・。でも、まだ成仏できるほどではないみたいだね・・・。」
「うん・・・、でもすごくよかった・・・。これすき・・・」
 目をこすりながら、鼻声で呟く。

 クラスメイトとはいえ、特に交流があったわけでもない蝉山くん。
 1か月が過ぎても成仏できず困り果てていたところ、クラスメイトに寺の娘が居たことを思い出し、こうやって頼りに来たのだろうか。
 そう考えると、蝉山くんがとても不憫に見えてきた。
 どうやって私の部屋に入ったのかはとても気になるところだけど。

 「蝉山くん、わたしじゃ力不足みたいだし、おじいちゃんを呼んでこようか?本物の僧侶だよ」
 おじいちゃんは霊感なんてないから、きっと蝉山くんの姿は見えない。
 孫がおかしくなったと思われてしまうのは悲しいが、このまま蝉山くんを放っておくわけにもいかない。
 今ならおじいちゃんも起きてるはずだ。
 そう思ったのに、蝉山くんの返事は煮え切らないものだった。

「んー・・・。うん、大月さんがそう言うんなら・・・」
 あれだけ流していた大粒の涙も、すっかり乾いていた。




―――
【解説】

〈般若心経〉 この世の形あるものは全て「空」=実体が無いのであり、目に見えるもの、それによって感じたこと、思ったことなどは、本来すべて存在しない。つまりこの世には苦しみも存在しないし、また苦しみを無くす方法も存在しない、と説く経典。
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