恋におちる音が聞こえたら
【毒舌男子と居候編】

一話「戸締まりは大事」






一話「戸締りは大事」





 秋といえば、世の中の学生は就活活動か受験勉強のプレッシャーに苦しむ時期だろうか。……まあ高校二年生のあたしからすればまだ関係のないことだし、学業よりも“食欲の秋”のほうが気になる。

 梨に蜜柑、鮭にきのこ。……あれ、蜜柑は冬だっけと双葉ちゃんに言ったら、少しやつれた目でため息を吐かれた。疲れてるの? と聞くと、年末は出費が多いから家庭のやり繰り大変なのよって渋い顔で返された。……あたし一生大人になりたくないや。

 そういえば駅前の和菓子屋さん、今日から季節限定で栗きんつばが出るんだっけ。帰りに買いに行こっと。



「……はああ。もうこんな時間」



 双葉ちゃんは右手首につけたオシャンティーな腕時計を見ながらげんなりする。その表情はまるで徹夜明けのOLみたいで、とても二十代の女性とは思えない。



「保育園のお迎え?」



「いいーえー。今保育園で風邪が流行ってるみたいで、昨日から休園。丁度弟が大学休みだって言うから、うちに呼んで和磨と千尋の面倒お願いしたんだけど……」



 ……はあああ。深いため息と共に双葉ちゃんの眉間の皺が深くなる。



「……昨日、家に帰ったら戦場の後だったわ」



「あっ……それは…………ご愁傷さまです?」



 なんで疑問系。と心の中で自分に突っ込みながら、思わずフフッと笑ってしまった。それが双葉ちゃんにバレてジロリと睨まれたので、あたしは逃げるように明後日の方を見やる。

 ……双葉ちゃんはデスクに広げていたファイルやらボールペンを片付けると、席を立ち上がり回転椅子に掛けていたジャケットの袖に腕を通す。それからデスクの横にかけていたハンドバックを掴み、パタパタとスリッパをならしながら扉の方へ歩いていく。がらりと引き戸を開け、そこでようやく立ち止まってあたしのほうを振り返った。



「じゃあ戸締まりお願いね。玲那も暗くなる前に帰りなさいよ」



「はーい」



 少しやつれた顔で笑うと、双葉ちゃんは保健室をあとにした。……いや、その前に生徒に保健室の戸締り頼むってどうなの。まあいいけど。あたしのことすごく信頼してるっていうことにしておこう。




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