恋におちる音が聞こえたら





 数時間前。スマホのアラームで起床したあたしは一通りの身支度をして制服に着替えたあと、リビングへ向かった。味噌汁のいい香りに思わず口元が緩む。

 居候しはじめて数日が経つけど、ようやくこの家の雰囲気にも慣れてきた。少し前までだと起床してから家を出るまでずっと一人だったから、こうして朝の時間を誰かと過ごすのはなんだか不思議な感じ。……うん、なんだかほっこりする。

 ……リビングに桐也の姿はなく、四人掛けのダイニングテーブルで“健也”さんが新聞紙を読みながら食事をしていた。“健也”さんはハナさんの旦那さんで、桐也のお父さん。彼の容姿はそのまま桐也が歳をとった感じで、きっと桐也は健也さん似なんだろう。



「おはようございます」



「あぁ、おはよう」



 軽く会釈しながら挨拶すると、健也さんは新聞紙から目を離して優しく微笑む。……口の悪い誰かさんと違って健也さんは英国紳士のような素敵な人だ。



「あら玲那ちゃん、おはよう」



「おはようございますハナさん」



 キッチンからお盆を持って現れたハナさんは花柄の可愛いエプロンを身につけていた。朝食の支度をしていたらしい彼女は、お盆に乗せたご飯と味噌汁をテーブルに並べると、“あたたかいうちにどうぞ”と微笑んだ。あたしはお礼を言ったあと、健也さんの斜め向かいの椅子に座った。



「いただきます」



 ……東雲家に来てから意外だと思ったもののひとつはこのご飯だ。表札や部屋のネームプレートがローマ字だったり、庭がまるで異国の庭園みたいだったり、とにかく洋風スタイルなこの家。

 てっきり朝食はパンと目玉焼きが出てくるのかと思っていたけど、ハナさんいわく“(微笑みながら)お味噌は身体にいいのよ”……らしい。……母親の愛を垣間見た瞬間だった。それに居候のあたしにお弁当まで作ってくれて、ハナさん様様だ……。



 桐也は毎日こんなおいしいもの食べてるのか。なんて羨ましい……!!





『退院したらママもとびきりおいしいものたっくさん作ってあげるわね!』





 ……どこからかママの声がしたけど、同時に異臭と具がドロドロに溶けた汁物を思い出して頭を振り払った。



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