メトロの中は、近過ぎです!
次の朝、いつもなら心も体も軽い金曜日だというのに、足取りが重たい。
56分発の急行の3両目に乗るために、ホームへと向かっているけど

「はぁ」

ため息が出る。

せっかく親しくなれた気がしてたのに、もう無理だろうな。

少しの期待と、期待が外れたときの言い訳の言葉も用意して、私は階段を上がりきった。

やっぱりそこに末岡さんの姿はなかった。

そうだよね。
これが現実。

肩の力が抜ける。

これまでは、たまたま偶然一緒の電車だったってことだよね。

俯いていた顔を上げて、ホームに並んだ。

今ならまだ、傷も浅い……はず……

音楽プレーヤーを取り出し、イヤホンをつけようとした。

その時、誰かが背後に近づいてくる気配を感じて、振り向くと切れ長の目が私を見ていた。

末岡さん…

心臓の音が激しくなる。

「あの。おは、ようございます」

頑張って声を出したけど、末岡さんは返事もしてくれない。
ただジッと見られている。

「あの……」

「昨日の人、誰?」

冷えた低音の声。
一気に周りの温度が下がった。

「会社の上司です。たまたま帰られなくなって、仕方なくというか、その成り行き上しょうがなかったと言う言うか…」

「泊まったの?」

しまった。墓穴をほったらしい。

「付き合ってるの?」

「いいえ。そんなんじゃなくて……」

ちゃんと説明したいのに、無情にも電車が到着して……
末岡さんはそんな状態の私を押すように電車に乗り込んだ。

ドアと末岡さんに挟まれてる。
腰の横から腕が回って、まるで末岡さんに抱きしめられているみたいな格好になっている。

熱い。
頬に熱が集まってしまう。

昨日は大野さん、今日は末岡さんに、ラッシュの車内とはいえ抱きしめられている格好で通勤するなんて、
すごく自分がふしだらなことをしているような感覚がした。

電車が揺れるたびに末岡さんの手が上がってくる。
初めは腰にあった手も今は背中まで上がってて、
今日は普段よりも過激な気がするのは、私の思い過ごし?
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