メトロの中は、近過ぎです!
駅で反対側のドアが開き密集から少し解放されたときも、末岡さんは私から離れようとはしなかった。

それどころか背中から離された右手が腕を撫でるように上がってくる。
これは勘違いとかじゃない気がする。

ゆっくりと首に触れた手にピクリと体が反応すると、俯いてた顔を上げるように頬に触れてくる。

ドキドキが頂点に達してて、やめてほしいのか、やめないでほしいのか、もう何が何だか分からない。
手に促されるようにそっと末岡さんを見上げると、端正な顔が凄く近い距離にあった。

「あ、暑いですね」

なんとか普通の会話を試しみたのに、

「そう?」

低い声が鼓膜を震わし、薄い唇が妖艶に微笑むのを見た途端、目眩がしそうだった。

頬を触ってた手はそのまま髪をすくように後頭部に回され、

「大丈夫?」

大丈夫ではありません。

答えようとしたのに形の良い唇に目が止まり、動けないでいる。

近づく唇。

見続けられなくて目を閉じると、耳にかかる吐息と、
暖かい感触

「…っ……」

ゾクリとした。

そんな私を更に追い詰めるかのように、

「今夜、空いてる?」

低く艶めかしい声が耳から脳に広がり、頭の中が一瞬でピンク色に染まる。

もう無理だ。
何も考えられない。

こくこくと頷くと、

「会いたい」

更に頬と頬を合わせて直に囁かれた。

鼻の奥がツンとして、なぜだか泣きそうになった。

そんな私をしっかりと見た末岡さんは、大人の魅力たっぷりに微笑んで、

「後で連絡するね」

そう言い残して、私を解放した。


この人の声は私の理性を麻痺させる。

そう気付いたのは、すでに電車を降りて、雑踏の中で動けなかったときだった。
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