侯爵様のユウウツ 成金令嬢(←たまに毒舌)は秀麗伯爵がお好き?
駆けつけてはみたものの中に入るにはそれなりに勇気が要るもので、私はそぉっとドアを開け、少しでも心を落ち着かせる為に、深呼吸しながら入室しました。

白いバラの世話をするレイモンド様の姿が目に飛び込んできます。
あ、これ……

妊娠が分かった翌日にレイモンド様が持って来て下さった白薔薇が、温室のあちらこちらで咲いています。

あの時嗅いだかぐわしい香りが胸いっぱいに広がった丁度その時、音に気付き振り向いたレイモンド様と目が合いました。

エセル……と微かに動いた唇が、不安と期待を煽り立て一気に胸が高鳴ります。

足早に近づき、
「侯…レイモンド様、本当にごめんなさい」
心からの思いを口にし、頭を下げると、

「もう良いよ。酔っていたとはいえ、僕こそ大人げなかった」

優しい声音がもの悲しく心に響くのは、何故でしょうか。

ふっと顔を上げ青い双眸を見つめれば、切なさと憂い、微量の安堵が滲んでいるような……。
レイモンド様の本当の気持ちは分かりませんが、目の前の瞳を例えるならば、大切なものが沈んでしまったような、静かで寂しい深い海のようです。

視線を逸らすことができず見つめていると、美麗な唇が静かに開き、

「君が僕を好きじゃない事も、子供が出来たから、仕方なく僕と結婚してくれたって事も分かってる。それでも僕は最高に嬉しかったよ。それに君のお腹に僕の子が宿っている事も、君がその子を産んでくれる事も、嬉しくて堪らないんだ。このうえ君の心まで望むなんて、そんなのは我が儘だから……」 

胸を締め付けられるような切ない声を聞きながら、私は幸せを感じていました。

「私を愛して下さっているのですか?」

「ああ……」

そのたった一言に心臓が跳ね、ときめきます。

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