侯爵様のユウウツ 成金令嬢(←たまに毒舌)は秀麗伯爵がお好き?
侯爵様を叩いたのですから、今後私には社交界に居場所は無いでしょう。

その事は別に惜しくはありませんし、お父様から罵詈雑言の集中砲火を浴びせられる事も、右から左に受け流せますから問題ありません。

ただアンディーとは、暫く会えなくなるでしょう……。
とても残念です。

こっそり家に来てもらうって手もありますけど、いえ、やっぱり駄目です。
使用人達から話が漏れないとは言い切れませんし、彼の評判を落とす可能性に目を瞑るわけにはいきません。
そうなるとフレッドの事も気がかりです。
あんなに懐いているのですから。
フレッド、我慢が足りなかったお姉様を許してね……。

などと考え事をしていると、「僕を叩いたな」と目の前から低い声。

おっとっと、レイモンド様の事を忘れていました。

目が合ったレイモンド様は、ほんのり色付いた左頬に右手の甲を当てていらっしゃいます。

冷たい眼差しながらも瞳の中に怒りの炎が見当たらない事に、私は少なからず驚きました。
目が離せずにいる私を見つめ返してくる色味を増したサファイアブルーに宿っているのは、戸惑いや他の感情のようで、少し寂しそうに見えるのは気のせいでしょうか。 

「申し訳ございません、侯爵様。どんなに腹が立ったからとは言え、暴力をふるってはいけませんわね」

頭を下げた後頭部に、「ただでは済まないぞ」と静かながらも居丈高な一言が降ってきます。

「ええ、勿論分かっていますわ……」

顔を上げつつ、私は先ほどまでいたテントに視線を送りました。

こちらを向いて色めき立っているご様子の令嬢達、あらあら指を差している方もいらっしゃいます。

「わたくしは社交界追放でしょうね」

皮肉な笑みを浮かべつつ肩をすくめると、レイモンド様はぶっきらぼうに「良いのか?」と。

「ええ、別に構いませんわ」

あ、片眉がぴくっとしました。
気分を害した証拠です。

さらっと言ったのが気にくわなかったのでしょうか?

「社交界への未練や、僕を叩いた事に後悔は無いのか? 君が『後悔しています。許して下さい。痛かったでしょう……』と心を込めて謝れば、僕だって、許してやらなくも無いんだぞ」

要は機嫌をとれってこと? 

語気を強める姿は、まるで大きな子供が駄々をこねているようです。
叩いておいてなんですが、少し可愛くも見えます。ふふっ

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