御曹司のとろ甘な独占愛
「……――もう、終わったことなのですが」

 伯睿は自嘲するように苦笑して、胸ポケットから、丁寧に折りたたんでいたポケットチーフを取り出す。左手の上でその包みを開き、中身を一花へ見せた。

「『華翡翠』コレクションの翡翠が、全部こうなってしまいまして」 

 一花は息をのむ。
 幾つもの青碧色の翡翠の表面に、傷がついていた。

「……こんなに傷だらけになって…………」

 微細でも、これではコレクションとして発表することは出来ないだろう。あまりの酷さに、両手で口を覆った。

「……驚きですよね。俺も、驚いています。なんでこうなってしまったんだろう? どの選択が間違っていたんだろう? そんなことばかりが頭を巡っています」

 伯睿は笑顔を作ろうとして、失敗した。

 哀しみに歪む頬に、一花は控えめに手を伸ばす。伯睿の輪郭を確かめるように、そっと指先を滑らせた。

(この翡翠……今から新しく伯睿が納得するルースを削り出して磨くの? そんな時間はないよね? それとも伯睿以外の誰かが削った、既にあるルースの中から合う物を見つける? ……でも、それじゃあ、『華翡翠』の翡翠じゃない)

 一花の伯睿を慈しむような仕草に、彼の双眸が何かを堪えるように揺れる。

(伯睿がこんなに哀しそうな顔をしてるのに……。どうやったら、助けになってあげられるんだろう……)
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