妄想は甘くない

「……誰が諦めたって言ったよ」

心外だとでも言いたげに、じっとりと眼差しを送って来た美しい顔が、僅かに口角を上げた。
幾度も目にした意地悪い大神さんが、久々に顔を覗かせた気がした。

「皆まで言わないで。その先は、俺に決めさせてよ」

磨かれた革靴が、一歩、また一歩と距離を詰める。
シルバーが基調の洒落たストライプのネクタイが眼前に迫り、目線を上げるとその顔が薄く微笑んでみせた。

「……いつか忘れなきゃいけない日は……来るかもしれないけど、来ないかもしれない。その可能性に、掛けて貰えませんか。俺と一緒に、生きて貰えませんか」

王子様が、わたしに向かって掌を差し出す。
また妄想の世界に迷い込んでは居ないだろうかと気が揉めたが、怖々その指先に触れるとリアルな感触がした。

「“大神”になって貰えますか? お姫様」
「……はい……」

握った手をぐっと引かれて、彼の胸の中へ飛び込む格好となった。
誰か来てしまうのではないかと危惧したが、それよりも抱き締め返したくてネイビーのスーツの背中へ腕を回した。

まさかこんなロマンチックなプロポーズをしてもらえるとは思いもしなかった。

涙が零れ落ちてしまったわたしの目元を覗き込むと、頬を指の腹が優しく拭う。
見上げた顔は愛おしそうに目を細めて近付き、軽く触れるだけのキスをくれた。

逆上せてしまいそうな高揚した気持ちで見つめ返すと、大神さんがぼそりと耳打ちした台詞に一層胸を高鳴らせた。

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