妄想は甘くない

足を止めてくれた彼に追い付くと、壮麗にそびえるチャペルの前で顔を合わせた。

「……甘い……香りがして……」
「……香り? ……あぁ、ルームフレグランスじゃないですか」

告げたわたしの言葉に、大神さんは特に態度を変えることもなく答えた。
しかし、あの日彼の部屋に漂っていた香りとは違う。

「……大好きなんです……この、ジャスミンの香りが……。今は……あの日を、鮮明に思い出します」

わたしは言葉を繋ぎながら、胸がいっぱいになり涙を滲ませてしまう。
じっと耳を傾けていた彼の瞳が、次第に見開かれた。
ワンピースの腰から裾へと施されたレースを握り締めながら、突き動かされるように想いが声に乗る。

「……本当は、一生忘れたくない大切な日になったんです。だけど、怖くて。いつか忘れなきゃいけない日が来るのが、怖くて。怖気付いて逃げて、自分が傷付かないように予防線を張って……大切なあなたを傷付けた。ごめんなさい……」
「……茉莉さ」

彼が口を開き掛けたが、止まらずに捲し立てた。

「もう、遅いかもしれないけど……やっぱり、あなたの笑顔を隣で見ているのはわたしが良い……っ! わたし、大神さんが」

「待って」

強い語調で止められて、びくりと肩を震わせた。
眉根を寄せた渋い顔が目線を外す。
あぁ、もう遅過ぎたのか……返事を聞くのが怖くて、眉を下げワンピースの裾に視線を落としていると、前方から低い声が響いた。

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