妄想は甘くない
「……ごめんなさっ! すみませんっ今拭くものがなくて……」
咄嗟に身振りが大きくなり、財布くらいしか持ち合わせていないにも関わらず無駄にポケットを探った。
わたしの挙動不審がそんなに可笑しかったのか、前の人がぷっと吹き出す。
「そちらの方が、よっぽど酷そうですけど。ちゃんと乾かして下さいね」
大きな瞳を綻ばせて、自分の髪をトンと指した。
程なく到着した箱が、彼を乗せて上昇して行く。
ただそれだけの瞬間に、いとも簡単に奪われてしまった。
この憂鬱な雨空のもとで、わたしの心には風が吹き抜けたのだった。
ウェーブのきつくなった濡れた天然パーマを、思わず握り締めてしまう程に。