妄想は甘くない

触れるだけのキスから、次第に唇を食むように、味わうように角度を変える。
壁に付かれた肘の先の、指が結った髪を撫でたかと思うと、耳元を擽られ身体が跳ね上がる。
今しがた意地悪を言っていた人とは思えない程に、触れる指先は優しかった。
瞼を閉じていても彼の吐息が感じられ、強ばらせ閉ざしたわたしの唇に、湿った舌が解放を訴えた。

「……っ」

力を抜いた隙に、侵入した舌に絡め取られるように、濡れた感触があの日のキスを思い起こさせる。
だけど先日のような強引さはなく、優しく寄り添うかのように口内を這わせた。

「ふっ……」

甘く鼻に抜ける香りの後、押し寄せるように与えられる快美感。
やはり身体の奥に熱が迸って来て、堪らず背中にしがみついてしまうと、応えるかの如く一層深く唇が重なる。
時間の感覚が解らないくらいに、溺れるように求め合った。

「あっま……」

くらくらと頭が霞み、自然と目尻に滲んだ涙を感じた頃、チョコレート味のキスの狭間で、僅かに唇を離した彼が漏らした。


──もう、戻れないかも知れない。
知ってしまったキスの味から、もっと先の秘められた自分を、目の前の人を、暴かれたい、暴きたい衝動が生まれた。

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