妄想は甘くない
「……昔、フラれた人……」
震えそうなか細い声でやっと答えると、その人がこちらへ向かって近付きわたしの前で足を止めた。
そこで気が付いたが後ろに女性が伴って来て、あの小さな写真で顔など覚えていないものの奥さんだろうと確信した。
「やっぱ、宇佐美さんだ。すっげぇ久しぶりだね、元気?」
どういう神経で声を掛けて来るのか、理解出来なかった。
唇の端を何とか持ち上げようとした時、耳元に充てたままの受話口から声がする。
『電話、切らないで』
しかしながら話し掛けられてしまった以上、何か受け答えせざるを得ない。
左手でスカートを掴み、震えそうな声を抑えようと試みて、漸く言葉を絞り出す。
「……ぐ、偶然ですね……こんな所で会うなんて」
切らないでと言われても、人と話している手前スマホを胸元へ下ろそうとした瞬間、微かに耳を掠めた。
『結婚式の打ち合わせだって言って』
結婚式……!? 確かに此処へ入って来た時、フェアだ何だと看板が沢山出ていた。
だけどそんな嘘吐かなくたって……大神さんの無茶振りに動揺して心が定まらない内に、決まりきった質問を投げ掛けられてしまう。
「何してんの、こんなとこでひとり?」