妄想は甘くない

「お誕生日なんですよね。おめでとうございます」

予想だにしなかった台詞に驚いて固まってしまうと、じっとりと視線を向けたまま、しくじったかのような苦笑いを浮かべている。

「……あれ? もしかして違った……? あのIDでいちかばちかだったけど」
「っ……そんな、嬉しい歳じゃないから」

嬉しさと恥ずかしさとでそっぽを向いてしまうが、真っ赤に染まったであろう頬が自分でも解ってしまい、隠すように掌を充てがった。
9月29日。遂に迎えた20代最後の誕生日は、想定外の展開を見せている。
正解を言い当てたことが嬉しかったのか、僅かに輝いた目の前の瞳が綻んで頬杖を付いた。

「そんな可愛い顔して、素直じゃないなぁ。真っ赤」

可愛い? 可愛いって言った??
言われ慣れない台詞に睫毛を瞬いて、やはり目は合わせていられずに俯くと、続けられた言葉にびくりと肩を震わせた。

「髪」

メニューをわたしの前へ広げながら、余裕の感じられる涼やかな顔が口にする。

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