妄想は甘くない
魔法の掛かった夜

エレベーターに乗り込むと、隣から伸びた指が高層階のボタンを押した。
前を見据える凛とした佇まいは、それだけで様になる。
肩の触れ合いそうな間近から、不意に清々しい匂いが微かに香った。
これまで近寄った際は動揺していて記憶になかったが、そういえばいつも大神さんが仄かに纏っている香りだと思い起こす。


連れられた上層階のレストランは創作中華らしく、丸テーブルに案内された。
ウェイターが引いた椅子に隣り合わせに腰掛けると、近過ぎる距離感に鼓動が脈打ち始める。
考えてみればこんな良いお店で男子とデートなんてしたことがなく、落ち着きなく周囲をちらちらと伺ってしまう。

「ねぇ……こんなところ高いんじゃないの?」
「カジュアルな店なんで大丈夫ですよ。今日は、ご馳走します。何でも好きなもの頼んで下さい」

「えっ? どうして。わたしこれでも先輩なんだから、後輩の大神さんに奢られるわけには」

射抜くような目を合わせたままに、薄く微笑みを浮かべ告げられた。

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