君への心
エピソード2 神宮観戦と二人の新居
「わぁ、潤、海人のグッズ凄いいっぱいあるよ。ユニフォームに、タオルにキーホルダー、キャップまで…」




「ああ。しかも海人のグッズが売っている店だけ凄い行列だからな。海人人気恐るべし」





海人と対戦してから2週間。私達は海人の所属している東京ミルクスワローズの本拠地である神宮球場に来ていた。





「ユニフォームとタオルと、キーホルダーを買って…と。よし、奈々香のところ行こっか」




今日は海人の彼女の奈々香に案内してもらう。私達は小さい頃からミルクのファンで神宮球場にも結構来ていたので応援道具と、応援バット、キャップは持っていた。私達は奈々香と合流し、スタンドにやってきた。




「まさかマウンドの真正面の最前列で野球が見れるとはね」




「海人のピッチングを見るんだったらここがベストポジションだと思ってね。普段は特別席で見てるけど今日は奏達がいるからね。ここで見てもらうことにしたんだ」




特別席とは選手が出場する時のみ、選手の家族が試合を楽しめるように作った席。奈々香はまだ、海人の嫁にはなってないけど同棲はしてるし、球団側も許可したそう。選ばれた人しか座れないエキサイトシートがない神宮球場なりの配慮だなと私は思う。




「この席取るの大変だったんじゃない?」




「いや、海人がくれたからね。潤達と行っておいでよって」




「海人良い奴だな」




「だね」




「ふふふ、あっ、スターティングメンバーが発表されるよ」




「スターティングラインナップの発表でーす。
1番 セカンド 田辺ー浩明ー 背番号7ー」




「掴めチャンス見せろ勝負…」




応援歌が鳴り響く神宮球場。これも見慣れた光景。




「2番 センター 上木ー」




「期待背負い今…」




「3番 レフト ラスティンカラー ミレッダー」




「割れんばかりの歓声を…」




「4番 ウラジミール ココンティンー 背番号4」




「勝利の女神が微笑む…」




「5番 ショート 川井ー慎ー背番号5」




「バットに夢を乗せ…」




「6番 サード 宮川ー慎介ー背番号6」




「球道極めたー」




「7番 ファースト 畠岡ー和貴ー背番号33」




「見せろプライド…」




「8番 キャッチャー 相田ー亮ー背番号2」




「鍛えた心と技を…」




「9番 ピッチャー 仁藤ー海人ー背番号15」




「いけー仁藤 ここでホームランー…」




「海人様ー、今日もいいピッチング期待してまーす」




「海人様ー、頑張ってー」




「海人様ー」




「うわ、凄い声援」




「海人は大型ルーキーで大人気だからな。歓声はすごいと思ってたけど、まさかここまでだとはな」




「高校時代よりも歓声おっきくない?」



「まあ、海人の場合、東京のファンみんな味方につけてるから…。プロ初勝利の時、8回被安打3だったからね。それでファンがいっぱい増えてるんだよ。家にファンレターが山積みで置いてある」



「試合終わったら見せてよ」



「俺も」



「いいよ」



「さて、じゃあ始まるよー」



試合が始まった途端、険しい顔だった海人の表情が笑顔に変わった。何故かは分からないがとても状態が良いんだと思う。




ストラーイク。バッターアウト



「うーわ。いきなり2奪三振」



海人は先頭バッターからいきなり2奪三振。そして3人目は初球打ち上げさせてファーストフライ。あっという間にスリーアウト。




「海人、気合い入ってるなぁ」




「海人は先週、5回で降板させられているからね。余計気合いが入ってるんじゃないかなぁ」



海人は前の先発の日。海人とは思えないピッチングをし、5回で降板させられていた。その3日後の新聞で体調が悪くて熱を出して投げていたという記事を見て知った。そんな状態に立たされても取り戻される海人の精神力はすごいと思う。




「1番、セカンド、田辺浩明ー背番号7」



田辺選手は今のセカンドのレギュラー。最近、山木選手にたびたびセカンドスタメン奪われてるけど、それでもよく頑張ってると思う。そんなことを思っていると田辺選手がライト前に打球を落とした。




パンパンパンパンパン



「ノーアウトランナー1塁。ここから繋いで得点できれば海人あの状態だし、多分1点で十分だと思うから。繋いで得点してくれ」




私達の思いが通じたのか、繋いでノーアウト満塁。ここで打席が回ってきたのは4番のココンティンさん。ココンティンさんは昨年、主に5番を打っていた外野手で長距離砲のバッターだ。





「勝利の女神が微笑む スタンド揺るがす一振り『カキーン』」





ココンティンさんの放った打球はもう少しでホームランのあたりで、2人のランナーが帰り、2点を追加した。なおもノーアウト2.3塁の場面だったが、5番の川井さんがまさかのホームゲッツー。6番の畠丘さんも凡退し、この場面ノーアウト満塁で2点しか取れなかった。



「ノーアウト満塁で2点か。きついな」




「でも、海人あの状態だし今日は勝てるんじゃないかなぁ」




「うーん。海人が完投すれば勝てるかもだけど、ミルクの中継ぎ質が悪いからね…」



奈々香の言う通り、ミルクは打撃は12球団トップレベルの強さを見せているが、投手陣は万年12球団最下位。この質の悪い投手陣の中でも特に酷いのが中継ぎ。ミルクの防御率は昨年、4割越えでダントツ最下位だった。その酷い防御率の中のほとんどを中継ぎが占めていた。そんなミルクの事を人は火炎庫と呼ぶ。海人はその後も好調。打撃も5回に海人自らグランドスラムを放ち、ゲームは一方的に。そして、気づけば7回の表に入っていた。




「海人、このペースだったらプロ初完投プロ初完封普通に行けるかもね」



「うん。今日は四死球も与えてないし、とにかく球数を少なくしている。今、75球でしょ?この調子だったら完投完封ペースだよね」





「うん。海人、落ち着いて」




まず1球目はスプリット。海人の持ち玉の中で一番苦手な球種。死球を与えるならこの球だ。でも入れてきた。2球目はそれで弾みがついたのか、カーブ、シンカーで三振を奪った。2人目は粘りに粘ったが8球目でライトフライに打ち上げた。3人目はフルカウントまで来てしまったが、最後は得意の高速ストレートで三振を奪った。このイニングで20球近くの球数を投げてしまった。今、7回表終了時点で94球。高校時代、100球を超えるとスタミナが足りなくて交代していたから、完投は微妙だ。けど、海人ならやってくれる気がする。なんせ今はプロ野球選手として頑張ってるんだから。そして、8回。






「8回のマウンドにも出て来たな」





「プロ初勝利の時の球数は確か105球。場合によっては9回まで投げてくれるかもわからない」





「うん」





8回の先頭バッターはピッチャーからということもあり三球三振。次のバッターは1番。今回も打ち取れると思っていたのだが…




「ボール」





「ボール」





「ボール」





まさかのスリーボールノーストライク。ストライクが入らなくなっていた。コントロールの良い海人がストライクが入らないってことはありえない。まさか…




「ここで、スタミナ切れ?」



「ありえるな。海人がこんなことするのっていったらどこか怪我をしてるか、スタミナ切れかのどちらかだから。けど、前のバッターは普通に三球三振だったから怪我をしてるのは考えにくい。そう考えたらスタミナ切れの可能性が高いな」



そしてフォアボールを出してしまった。




「大丈夫、大丈夫」



自己暗示をかける奈々香。頑張れ。海人。そう思っていると次のバッターは初球からバットに当て、セカンドゴロゲッツーに打ち取る。疲れてるはずなのに海人から笑みが。これは一体…



「あー、良かった」



海人がフォアボールを出した時、私達は相当心配した。けど、それ以上にそばで海人を支えてる奈々香は私達以上に心配したんだと思う。そう考えるとプロ野球選手の奥さんって大変そうだなと思ってしまう。心配ばっかりしてしまう人なんだよな、プロ野球選手の奥さんって。私もなってしまうのかなぁ。プロ野球選手の奥さんに。私が潤を見ると潤は普通に試合を楽しんでる。私がプロ野球選手の奥さんになることは多分ないな。うん。これで終わりかなぁ。9回は守護神が抑えて終わり。誰もがそう思っていた。少なくとも私達は。しかし、この時はまだ信じていなかったんだ。この後に起こることを…
























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