君への心
9回の表。信じられないことが起きた。海人が9回のマウンドに上がったのだ。会場中にどよめきが走る。当たり前だ。スタミナ切れのせいで8回フォアボールを出したのだから。でも、海人は上がった。これは一体…



「監督の謎采配か、それともさっきのフォアボールも作戦だったか…」




「ありえるね。海人、頭いいし…」



「いや、それだったら海人だけの力じゃ作戦は立てれない筈だよ。指示をするのはキャッチャーの相田さんの筈だし、あのフォアボールでマウンドに行かなかったコーチもおかしいし…海人に何があったのか…」



1球目は…


「遅いまっすぐ…だと?」



「まさか、海人は遅いまっすぐはあまり投げないはずだよ。打たれやすいし…」






「いや、でもあのボール。あれは明らかストレート。しかも105キロ…キャッチャー、何を考えて…」




1球目は遅いまっすぐで空振りを奪う。でも、海人もヒヤヒヤだったんだろうなぁ。あまり投げない遅いストレートを投げたんだから。2球目は速いストレート。海人の得意な173キロボール。





「そうか。キャッチャーは最初に遅い球を投げさせといてバッターに遅い球の感覚を覚えさせといたところに速い球を投げ込んで空振りを取らせるってことか。流石、ベテランの相田さん。よく考えてある」





そして、見事決まり、最後は海人がまあまあ得意のシンカーで三球三振を取る。2人目は初球チェンジアップを打ち上げさせキャッチャーフライ。あと1人。相対するのは相手の5番。さて、どうなるかな。初球はカーブ。普通の投手だったらカーブは外し球として使う。でも、海人の場合は…






「ストラーイク」





普通に入れてくるのだ。これには相手バッターもびっくり。2球目はスライダー。この変化球は海人にとって少し苦手な変化球。まあ、自身のない球ではないけどね。たまに外すよってだけで…




「ストラーイク」






「ねえ、みんなで海人の最後の投げる球予想しない?」





「いいね」






「じゃあいっせーのーででいい?」






「うん」






「いっせーのーで『175キロストレート』」







三人の声が重なった。








「なんだ。結局一緒か。だって海人だもんね。一番好きな球を投げるはず」






「うん」






みんなの予想どうり速いストレートで空振り三振。海人はプロ初完投初完封を達成したのだった。そして、ヒーローインタビューに入る。






「今日のヒーローは投打で活躍。プロ初完投初完封を達成いたしました仁藤投手です。おめでとうございます」





「ありがとうございます」






「高熱明けの先発となりましたがご自身で振り返って見ていかがでしたか?」






「はい。とても落ち着いて投げれたと思います」





「プロ初完投初完封です。お気持ちはいかがですか?」






「とても嬉しいです。それだけです。ファンの皆さん応援ありがとうございます」







「打つ方では5打数3安打。6回にはグランドスラムも出ました。これに関しては…」






「そうですね。満塁だったので思い切って振りに行こうと思いました」







「その思い切りの姿勢がホームランに繋がったということですね」







「そうですね。はい」









「それでは最後にファンの皆様に一言お願いします」







「ファンの皆さん、今日も沢山のご声援ありがとうございました。とても勇気をいただきました。これからも引き続きご声援よろしくお願い申し上げます」








「以上、仁藤海人選手でした」




こうして、試合は終わった。














「あー。楽しかった」




試合が終わった私達は神宮球場を出て歩きで奈々香と海人の家に向かっていた。





「海人が初完投初完封を見に来た俺たちって幸せだよ」




「奈々香、ありがとうね」





「そんなんいいよ。楽しんでもらえて何より」





「しっかし、あの9回のサインは見事だったな。俺も見習いたいくらい」





「ベテランだからこそできるサインだよね」





「うん。本当に良かった…『チャンチャカチャンチャン』





「あっ、ちょっとまってね。海人から電話だ」




奈々香が電話に出る。奈々香のケータイの着メロは海人だけ違うのになっている。だから誰がどう聞いてもどう見ても海人からの電話だというのがすぐ分かるのだ。







「うん、うん、作ってるよ?うん。分かった。じゃあ今日の夜ご飯冷蔵庫に入れておくから朝食べて。うん、うん、じゃあね」





「どうしたの?」






「スタメン陣でご飯行くんだってさ。この時間だったら帰ってくるのは深夜だろうなぁ。二人とも、もうこんな時間だし家に泊まっていったら?」



「えっ、いいのか?」




「私のところは全然」





「ちょっと待ってよ潤。そんなの監督が許すかどうか…」







「じゃあ聞こうか。マネージャー、頼んだ」








「なによ、その言い方」






私は渋々監督に電話する。





「もしもし、監督でしょうか?私、慶應義塾大学野球部のマネージャーの新垣奏です」





「新垣か。どうした?」





「少し監督に折り入ってお願いが…」





「なんだ?」




「今日、一晩だけ友達の家で止まらせてくださりませんか?私と潤と…」




「友達か。お前らは今日神宮球場に行くといっていたな。確か幼馴染が投げるからって。仁藤海人だったな。今日はプロ初完投初完封。すごいピッチングだったぞ。金井は高校時代、仁藤とバッテリー組んでたんだったな。って、そうじゃないな。友達の家に泊まる…てことは場合によったら明日の朝練も来れないかもしれないってこともありえるな」



「はい」






「その友達はどの友達だ?」





「高校の友達なんですが、海人の彼女なんです」





「まじか。ってことは小林奈々香さんだな」




高校三年の春の甲子園、海人や、潤が通っていた高校である厚生高校が初優勝した後、海人は奈々香にみんないる前で公開告白をしていた。海人は彼女がいることを隠さないために公開告白をしたそうだが、そんなことがあり、奈々香の名前は全国の人々に知れ渡ったのだ。もちろんメディアまで大放出。まあ、別にいい方向に向かって行ってるから問題は無いんだけどね。






「はい」







「ちょっと電話変わってくれるか?」






「はい。奈々香、大学の監督」






「お電話変わりました、奏の友達の小林奈々香といいます。はじめまして。はい、はい、いえいえ、こちらこそ。はい、はい、ありがとうございます。はい、はい。分かりました。ありがとうございます。奏に変わります」







「はい、変わりました。奏です」







「宿泊OKだ。ただ迷惑のかからないようにしろよ。あと、明日の午後練には来るように。金井にも伝えといてくれ。それじゃあな」






「ありがとうございました。失礼します」





「どうだった?」




私は潤に向かってVサイン。言葉を話さなくても基本これで通じるのでこれでOKってことだ。





「おし」





「迷惑のかからないようにしてくれ。あと、明日の午後練には絶対来るように。監督からの伝言」






「了解!サンキュー」






「じゃあ行こっか。レッツゴー」





私達は歩き出す…。

































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