四季
四季



曇りガラスの向こう側。一体何があるのだろう。憂鬱と淡い期待が混じり合って複雑な気分だ。
そっとテーブルの上のコーヒーカップに視線をそらす。湯気がたっている。まだ温かいようだ。俺は少しずつそれをすする。コーヒーを飲み終えた頃には身体も心も暖まっていた。
レジに向かい、会計を済ます。小銭とレシートを財布にしまう。店員の笑顔にドキッとしてしまうが、すぐにそれは仕事上のことなのだと自分に言い聞かせる。毎度毎度自分に呆れてしまう。もういい歳だというのに……。
ドアを開けて外に出る。雨が降っている。どんよりとした雲が空一面を覆っている。軒先にしばらくたたずんでいると、一人の女性が入ってきた。雨に濡れた彼女は、カバンからハンカチを取り出し自分の髪を拭う。
タオルを持っていた俺は
「これ、使いますか?」
と訊いてみた。
「いいえ、悪いです」
女性は伏し目がちに言う。背が低いからそう見えたのかもしれない。
俺は、彼女が気になってその場で立ち尽くしていた。と言うのも、俺の通う学校の女子生徒の制服と同じだからだ。
雨はいっこうに止みそうにない。
彼女はついに頭にハンカチを乗せ、軒先を飛び出そうとした。
「待って!」
つい、口がすべった。
一瞬の沈黙の後、彼女は俺を見上げる。彼女はまじまじと俺を眺めまわして言う。
「あ! もしかして……大丘(おおおか)君?」
当たりだった。しかしなぜ、彼女がこんな俺を?確かに俺も同じ高校の男子の制服を着ている。だからと言って、こんな俺を言い当てる事ができるだろうか?どちらかと言えば、目立たない方なのに……。
「あ、あの、どちら様で?」
「あ、私? 私は木村春(きむらはる)って言います。そして、あなたのクラスの学級委員長です」
学級委員長か……。それでか。
「大樹(だいき)君、学校は?」
やっぱり、そう来たか。学校は、単位が取れるぐらいには行ってるんだがな。
「あ、そうそう。これ、プリント」
「ん? 悪いな」
「本当は、家まで行くつもりだったんだ」
家まで?勘弁してくれよ。俺の家には何もないぞ。
プリントに軽く目を通す。その中でひときわ目立つものがあった。進路調査書である。俺はそれをぐしゃぐしゃにまるめて道路に投げ捨てた。
「あ! ダメだよ! そんなことしちゃ!」
木村が道路に入ろうとするのを俺は左手をつかんで引き寄せた。
ピー!ピピー!
車が通過していく。
「お前、あれみたくなるところだったな」
よりぐしゃぐしゃになったプリントを指差し言う。
「……」
木村は力なく俺に寄りかかってきた。
「わ、私、この世からいなくなるところだったの……。た、助けてくれてありがとう……」
「目の前でお前に死なれたら俺も辛いんだよ」
「……」
「案外ドジなんだなお前」
木村はうつむき、涙をポロポロと流す。手で拭っても拭ってもポロポロと流れ落ちる。
「笑えよ。女は笑っている方が良い」
ニッ。俺は木村に向かって笑ってやった。すると、木村の口の端が動いた。相変わらず、涙は流れているが。
またしばらく、店の軒先で雨宿り。無言のまま、立っていた。雨は止みそうにない。
「これ、使えよ」
そう言って、折りたたみ傘を渡す。しかし、木村は拒否する。
「これ、お前にやるよ」
折りたたみ傘を押しつける。
「じゃあ、私の家に寄っていきなさいよ。これは、学級委員長命令だぞ」
「……。ふぅー。わかったよ、学級委員長様」
辺りはすっかり暗くなっている。雨はまだ止みそうにない。相合い傘は恥ずかしい。俺は木村の歩幅に合わせてゆっくりと歩いていく。



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