それもまた一つの選択
「お待ちしておりました」

ガランとした本社ビルの前でこのクソ暑い中、海老名さんが汗ひとつかくことなく俺達を待っていてくれた。

「社長、さっきからソワソワしているのですがひょっとして…」

俺達を見つめて優しく微笑む海老名さん。
お父さんが信頼しているこの人には…嘘をつけない。

「ええ、そうです」

俺は遥の下腹部にそっと手を当てる。

「おめでとうございます!…ってお嬢様、高校どうするんですか?」

そう、そこだよね。

「あ…はい。辞めようと思います」

ある程度、俺から覚悟するように言っていたとはいえ。
あっさりと遥の口からそれが出て、俺は遥をマジマジと見つめる。
遥も上目づかいでこちらを見て

「トキさんは私を籠から出してくれた人だから。
高校を辞めることくらい、なんてことない。
ただ友達も…少しは出来たからその人たちと一緒に卒業できないのは残念だけど」

遥は俺の手をぎゅっと握りしめた。
俺も握り返す。

「では、ご案内いたしますね」

そんな俺達を優しく見つめてくれた海老名さんは社長室まで案内してくれた。



「遥、体調は大丈夫か?」

社長室へ入室した瞬間。
お父さんは遥に声を掛けた。
遥の体が固まる。

「お…お父様」

大きく深呼吸をして

「ごめんなさい」

頭を下げる。

「赤ちゃん、出来たみたい。まだ病院には行ってないけど」

「この後、すぐに行ってきなさい。まあ、間違いないと思うけど」

お父さんは俺達二人にソファーへ座るように指示すると、そのタイミングで海老名さんが冷茶を出してくださった。

「順序を間違えてしまいました。申し訳ございません」

改めてお詫びを申し上げると

「そうだね、本当にやってくれたよ都貴君」

ニヤリと笑ったお父さんは

「8月…そうだな毎月25日に社内の総会があるんだ。
グループ会社の社長達が集まるんだが、そこに出てくれないか。
都貴君の会社を正式にグループに入れた事の報告をする予定なんだ。
あとその時、もう一つして貰いたい仕事がある」

嫌な予感がする。
でも、今の状況では間違いなく断れない。

「かしこまりました」

と言うしかない。

「来週、二人とも俺と一緒に学校へ行こう。
遥の今後について、学校側と話をする」

…それもまた、仕方のない話。

「はい」

「あと、遥」

お父さんは優しいまなざしで遥を見つめる。

「今月中に荷物をまとめて家を出なさい。
あとは都貴君にお前を任せるから」

まさかの言葉に遥は口をパクパクさせている。

「今からだときっと春には生まれるだろうから、その時まで二人の時間を大切にするように」

遥の目から大きな涙が零れ落ちる。

「お父様、本当にごめんなさい」

「…いや、追いつめたのはこちらだよ、遥」

「本当に追いつめたのは…遥のお母さんだけどな」

思わず心の声を本当に出してしまった。
お父さんも遥も驚いている。
ついでに言ってしまえ。

「あの、今回のこれに繋がった、遥を襲わせた件について。
俺はいまだに根に持っています。
…少しだけ仕返しさせてもらえませんか?」

きっと今、俺の目は完全に座っていると思う。

「…そうだな、一度お灸を据える必要があるな、あれには」

お父さんも頷いてくれた。
俺達は3つ、頭を寄せて作戦の計画を話し合った。

「えー、そんな怖い事を」

と遥が言うと

「本当に死ぬんじゃないだろうな?」

とお父さん。

「大丈夫です、俺と大学の友達多数でテストしています」

せっかくここまで来たのに、死ぬわけにはいかない。



今夜、早速決行する。
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