まほろば

始まり

 そのようなことを話していたら、美紗子さんが戻ってきました。

「ごめんね、ほったらかしにしたね、あちらの方は粗方片付いたので、お父さん達も戻ってきますから」「何か飲みたいものある?」

「あ、わたしが煎れます、紀子はミルクティーでいいよね」

「じゃぁ 私も同じものを頼むね」
「紀子ちゃん、そんなに固くならないで」・・・今はムリかもしれません・・・

「はい」「頑張ってみます」

「紀子ちゃんって、敬一の言う通り面白い人ですね」・・・この面白いというのは、良い意味なの? 悪いの?・・・

それより、もう限界に近いぐらいに緊張が高まっています。
お父さん達って聞いた時から、一気にカチカチになってしまいました。とくに達です、達に敬一さんが含まれるのは当然なので、もうそのことで頭が一杯になっています。
・・・今なら、まだ家に帰れる、立ち上がって用事を思い出したって言えばいいのよ・・・
「あの・・・わたし」

「お疲れさま、お母さん全部片付いたよ」「妙ちゃんに紀子ちゃん来てましたか」・・・このタイミングで戻ってくるんだ・・・

「わたし、妙子を手伝ってきます」・・・言えなかったよ・・・「おじさんと敬一さんは、何を飲みますか」

「まぁ おじさんだよね、おじさんはコーヒーをお願い、啓一もコーヒーだな」

「紀子さん、気を使わないで、ここにいたらいいよ」
・・・気を使ってるのじゃないのです、緊張して落ち着かなくなったら、何をしでかすか自信がないのです・・・

キッチンまでの距離がこんなに遠かったかな?、啓一さんの顔は見ないようにしていたけど、たぶん今、見られているのだろうな。
服は乱れてないだろうか、髪は、歩き方は変じゃないだろうか、歩くときって指は、グーだった? パーだった? あれ? 足の感覚がない、全部が小さく見えるのだけど? 誰かわたしを呼んでるの? 反響してよくわからなよ・・・

「紀子さん、紀子さん聞こえてる」・・・なぜ? そんなに顔が大きいの・・・

え? どうなってるの? なぜ! 啓一さんにハグされてるの?

「はい?」・・・状況がみえないよ・・・

「よかった、ふらふら歩き出したから、心配になり傍に寄ったら、急にカクって」「よかった、立てそう? 無理ならソファーまで運ぶよ」
・・・えぇぇぇぇ運ぶって・・・

「ありがとう、大丈夫だから」・・・お姫様抱っこ、なんてされたら、もう顔も見れなくなる・・・

たぶん、わたし、緊張がピークに達して軽い貧血を起こしたようです、昨日の夕食もあまり食べなかったし、ほとんど寝てなかった、そんなことが原因なのだろうけど。
でも、なぜ、こんなところばかりみられるの、悲しくなってくる。

「紀子ちゃん、ちょっとこっちにいらっしゃい」
美紗子さんは、別の部屋まで連れて来て、わたしをドレッサーの前に座らせたのです。
「紀子ちゃん、夕べ寝てないでしょ」

「はい・・・お騒がせしてごめんなさい」

「それは気にしなくて良いよ、大事にならなくて本当によかった」
「緊張してるのは、すぐに分かったから、だってドンドン顔が青くなってゆくんだもの」「今はもう顔色も良くなってるし大丈夫だよ」

「啓一さんが、部屋に来るって考えていたら、どんどん緊張が高まって・・・本当にすみませんでした」

「紀子ちゃんは、啓一のことが好きなの?」

「好きって、嫌いじゃない、よくわからないのです・・・」
「今日も来たくなかったのだけど、でも来たくて、妙子の電話の後から、行ったら啓一さんにも会うことになると思ったら、そわそわとその事ばかり考えていました」

「それは、紀子ちゃんが啓一のことを気にしてるというよりも、好きなのだと思う」

「こういうのは好きってことなのですか」「わたし妙子が好きだけど、こんなことはありませんでした」

「紀子ちゃんって、天然って言われたことない」
「わたし、天然ですか?」
「天然の話は、今はどうでもいいけど」

「たぶん初めての心の動揺から自分が見えなくなったのかもしれないね」
「好きになるってことは、その人に心を開くことだからね、初めての異性に戸惑っていたのだと思うよ」

「この気持ちは、好きって認めるほうがよいのですか?」

「そうだよ」「好きというと、解りにくいけど、今は他の人とは違う人、好このましい人ぐらいかもしれない」
「まず、認めることが大事だよ、そうしないと相手の気持ちが見えなくなる」「その先には愛まで繋がっているけど、今は、今の気持ちを大切に育てたら良いからね」「ちゃんと自分の気持ちに向き合うのですよ」

「はい」

「ファンデで目の下のクマを隠しておくね」

美紗子さんと話して、わたしは気持ちがすごく楽になりました。
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