まほろば

 わたしの貧血騒ぎで、すこし遅くに送別会が始まりました。

「東京での学生生活も、残すところ一年と少しになりました、今日は妙子ちゃんと紀子さんにも参加してもらい、元気に行くことができます、来てくれてありがとうね」
敬一さんは、私の顔を見ながら話しました。・・・すこし照れます・・・

みんなの顔が、わたしが何か言うのを待っていました。

「夕べから緊張していたようで、ご迷惑かけてごめんなさい、もう元気になりました」「わたしが参加して元気がでるなら何時でも呼んでください」

「いやぁ敬一の腕に倒れ込んだときは、本当に驚いたよ」「なんともなくて良かった」

「お父さんより、敬一の方が頼りになるみたいね」

「まだまだ敬一には負けてないよ、お母さん、この腕に倒れ込んできなさい」

「あら、そんなこと言っていいの?」「紅葉橋のこと話しますよ」

「あの時は、・・・・・」

「紅葉橋ってプロポーズのこと? 紀子は聞いたことあるのかな? 橋から飛び降りた話」

「この間、お父さんから聞いたよ、足を挫いた、話でしょ」

「ふたりには、橋から飛び降りた話で伝わってるのか」「本当は少し違うのだけどね」

「敬一やめてくれるかな、あれは少し恥ずかしい」

「内輪の話だし、二人にも知っていてもらっても良いと思うよ、このまま笑い話みたいに家族で伝承されたくないでしょ」

「敬一さん、本当の話を聞きたいです」

「わたしも聞きたい、敬一さん 話して」

「みんなの知ってる話はプロポーズして飛び込んだことになってると思うけど」「あれね、実は話しに尾ひれが付いていてね、実際は少し違うのです」
「プロポーズは本当なのだけど、母にプロポーズして、その後、父は母に紅葉を髪に挿そうと小枝に手を伸ばしたら、足元が滑って川に落ちたのです」「そのときに捻挫してね、母は大変だったらしいけど」

「あの時は、かっこよく決めたかったのだけどね」「好事魔が差すってゆうか、返事をもらったので浮かれていたのかもしれん」

「そのとき掴んだ小枝を父は離さなくて、足は捻挫で動かないし、手は小枝を離さないから、浮くことができなくて、母が胸の辺りまで水に浸かって父を引っ張り支えて頑張っていたのです」
「そのあたりから近所の人が気が付いて、二人とも助けられたけど、一時は入水心中かって騒ぎになったらしいよ」

「もう水も冷たくなってきていたけど、お父さんが流されないように手を強く握ってたの、何も考えていなかった」「今考えれば、夫婦の初めての共同作業だったと思えるから時間て素敵だよね」

「でも、なぜ、おじさんは紅葉の小枝を放さなかったのですか?」

「あの小枝には、美紗子の髪に一番ふさわしい、美しい色の紅葉があったから、どうしても放したくなかった」「いま考えれば、なぜ、そう思ったのか」「すこし恥ずかしいな」

「その時の紅葉が、これね」
美紗子さんは、本から栞を抜き出し見せてくれました。
パウチされた紅葉は、時の流れにあっても紅く綺麗な輝きを放っているように見えました。

「この紅葉は、いつもわたしに、お父さんからの言葉を聞かせてくれているよ」
「その言葉は言いません、私だけの宝物です」
美紗子さんは、すこし微笑んでいるようにみえました。

その後、わたしは妙子とお風呂に行き露天風呂にいました。

「妙子、敬一さんのご両親って素敵だね、わたし憧れてしまう」

「素敵な話なのに、なぜ事実を話さなかったのかな?」

「事実と違っていても、二人にはどうでもよい話なのだろうね、やっぱり素敵だな、お互いの想いが同じなら何も問題ないもの」

「そうね、紀子の言う通り素敵な夫婦だね」
「ところで、紀子」

「なに?」

「敬一さんの事、どう思ってるの?」「色は付いたの?」

「わたしね、敬一さんの事には、素直に向き合おうと思ってるの」
「色とか、そういうの解らなくなったけど」

「そうなんだ、紀子、よかったね」

「うん、妙子には感謝してるよ」

「感謝だなんて・・・すこし擽くすぐったいかも」

冬の風は冷たくて、濡れた髪を冷やします、お湯は温かく私の心を緩めてくれます。
素敵な人たちに囲まれて、私自身が輝きだしてる気がしています。
わたしは、きっとこんな気持ちを探していたのだと思っていました。
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