幾千夜、花が散るとも
 それから海岸に出て久しぶりに砂浜を歩いた。穏やかな陽射しの午後。海は凪いでて、濃い藍とグレーの中間みたいな色をしてた。打ち寄せる波が泡立って、白く行ったり来たりする。水平線の向こうから渡って来る風は遥かどこから。

 薄く雲を引いた蒼穹。砂遊びしてる親子。ウォーキングしてるらしい年配の人。・・・デートするような場所でもないのか、カップルはあたし達だけ。手を繋いでゆったりと砂を踏みしめて歩く。

「たまにはこうやって、命の洗濯が必要だよねぇ」

「俺は可南といればいつでも出来る」

 可南は違うの?、みたいな。一也のキレイな顔がちょっと不本意そうに。 

「あたしだってそうだけどね。ほら何かこう、地球って大っきいなーってカンジが、自分の小っちゃさを洗い流してくれるってゆーか」

「・・・ふぅん」

 さほど興味も無さげな返事。一也は昔から執着するものと、しないものが極端な気がする。自分とあたしと千也以外の事は目に留めるつもりも無いような。

 母親が出て行ってから特に、セカイを遮断して無意識に嫌なモノを見ないように自分を守ってるのかも知れない。雄大な光景を前にしても、一也の心の琴線に触れるものは無いらしい。そ
れはちょっと・・・寂しかった。
 だから。放っとけないんだあたしは。この子からあたしが無くなったら、一也の世界はきっと死んじゃう。

 あたしが不意に立ち止まったから、身体が一歩先を進んでた一也が訝し気に振り向く。

「どうしたの可南」

「・・・・・・愛してるからね」

 顔をじっと見てあたしは淡く笑った。

 千也を何より愛してる。
 卑怯でも狡くても、あたしは一也も離さない。

 ごめんね。

「ずっと傍にいるからね」

 あたしの言葉はただの呪縛。一也をどこにもやらない為の。綺麗で可愛いあたしの男を、誰にも渡さない為のエゴ。それなのに一也は切なそうに愛おしそうに眸を潤ませて、あたしを掻き抱く。

「・・・俺も愛してる。好きだよ可南。絶対に離さない・・・」

 力の籠った腕が、あたしを痛いくらいに一也の中に閉じ込めた後。緩んで両頬を掌に包み込まれ、深いキスが繋がる。 
 

 一也のココロだけ、もっと独り占めにするよ。
 誕生日のプレゼントなんて・・・それだけで十分だよ。 

 それ以上もらったら。泣きたくなるからね。



 


 海を後にして車はまた高速に乗り、次はどこに行くのかと尋ねると。

「行けるとこまで。・・・行くよ」

 眼鏡の奥から一也は小さく笑った。






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