Dear Hero
カチャっとドアが開く音がして、洗面所から水嶋が出てくる。

「お待たせしました。澤北くんはドライヤーは?」
「俺はすぐに乾くからいいよ」
「お茶でも、淹れましょうか」



流れるような動作でお茶を淹れてくれる。

お茶っ葉を入れる動き。
急須を傾ける動き。
湯呑を茶托に置く動き。

なんて事ない動作なのに、その所作一つ一つがキレイだなと思った。


「…こんな広いお部屋だと思わなかったです」

座椅子でくつろぐ俺に、お茶を出してくれる。

「正直、俺もここまでとは思わなかったけどな」

今、俺たちのくつろぐ部屋とは別に寝室がある。
家族連れで泊まっても余裕があるくらいのスペースだ。


「こんないいお部屋泊まるために、アルバイト頑張っていたんですか?」
「目的はそこじゃないけど…まぁ、ちょっとは無茶したかな」


あまりそこは触れてほしくなくて、冗談っぽく笑ってかわしたつもりだったけど、水嶋の両手がそっと俺の頬に触れる。


「先週も土日とも、朝からお引越しのお仕事でしたよね。最近の澤北くん、疲れた顔してます。ちゃんと休めてますか?」



……あぁ。
無茶して水嶋を心配させてるようじゃ、俺もまだまだだな。


頬に触れる手を引き寄せ、抱き締める。


「いつも帰ると、お前が笑顔で出迎えてくれるから疲れなんて吹っ飛ぶよ。それに、どうしてもこの部屋に泊まりたかったんだ」
「……どうして?」
「知りたい?」


きょとんとした顔で頷くので、「開けてみて」と閉まったままの障子を指差す。
「?」が飛んだままの水嶋は、障子を開き広縁に一歩踏み入れると、息をのんで大きなガラス窓へと駆け寄った。


「どうしても、この景色を見せたくて」


ゆっくりと後ろから追いつくと、水嶋は目の前の景色に釘付けになっていた。
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