Dear Hero
結局、あの未遂事件以降、水嶋とはほとんど話していない。
苦肉の策で、俺の部屋のドアに“水嶋立ち入り禁止”と書きなぐったルーズリーフを貼った事で、部屋で二人きりになる事は防止した。

家や学校では最低限の話はするけど、それ以外の接触をできるだけ避けてきた。
意識して水嶋断ちしないと、少しでも近さを感じたら手を伸ばしてしまうと思ったから。
そんな俺の態度に気づいてるのか、そうでなくてもなのか。水嶋から話しかけてくる事もなかった。
自分でそうしておいたくせに、近くにいるのに遠く感じるのが苦しい。


昨日の夜は最後の追い込みで当番表を仕上げていて、やっと完成したのは時計の針が12時を過ぎた頃だった。
そろそろ寝るかと片付け始めたところで、ドアがコンコンと鳴る。

「大ちゃん、入るよ」

返事も待たずに入ってきたのは姉ちゃん。

「これ、依ちゃんから。あと伝言。“手伝えなくてごめんなさい。できるだけ早く休んでくださいね”ですって」

丸まった紙ごみで埋もれたローテーブルに置かれた小さなウッドトレーには、俺の新しいマグカップにホットミルクと個包装のチョコが2つ。
白地に細めの赤いボーダー。
水色のそれと2つ、「依ちゃんのとお揃いよ」と母さんが買ってきた物だ。
ひどい事ばかりしている俺に、いつもと変わらない優しさを与えてくれる事がすごく嬉しくて、なぜだか泣きそうになった。


「ほんとに…バカだねぇ。あんたも依ちゃんも」
「……るせー…」
「じゃあ、ちゃんと伝えたからね。明日から文化祭なんでしょ?早く寝なさいよ」

去り際に俺の頭をぐしゃぐしゃに撫でると、ドアを閉める直前に「あ、お礼はちゃんと本人に直接言うんだからね」とだけ付け足して部屋を出て行った。

「…こういう時だけ姉みたいな事言いやがって……」

一人の部屋に呟かれた言葉は、ブーメランのように俺にだけ戻ってくる。
ホットミルクが、心も体も温めてくれるような気がした。
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