秋の月は日々戯れに
そもそも、誤解を解いてくれと頼んでおいた相手の誤解が解けていない。
「俺、結婚してないって言った。受付の人にも伝えてって頼んだだろ」
「…………おお!そう言えば。そんなことも頼まれていたような気がしないでもないかも」
思わず、体中から空気が抜けていくようなため息が零れる。
「おかしいと思ってたんだよ。受付の前通るたびに、奥様お元気ですか?とか、今日もお昼は愛妻弁当ですか?とか聞いてくるから。いつになったらこの子の誤解は解けるんだって」
「いやあ、すっかり忘れてた。ごめん、ごめん」
全く悪びれる様子もなく笑う同僚は、「じゃあ遅くなっても平気なわけ?」と確認してくる。
これで本当に同僚の誤解が解けたかどうかは疑問だが、この寒空の下で長々と説明する気は起きない。
「全然平気、俺はね。そっちこそ大丈夫なのかよ」
仕事仲間とはいえ、男と二人で飲みに行くことに対して嫌悪感を抱くような相手がいるのかどうか、そんなプライベート的な情報は一切知らなかったから、確認を込めて問いかける。
同僚は、ほんの数秒程の間を空けて「まあ、大丈夫でしょう!」と答えた。