お気の毒さま、今日から君は俺の妻

〝赤ちゃんだったから、覚えてなくて当然〟


 それは幼い澄花にとって、許しの言葉だったのかもしれない。
 見舞いに来る彼はなにか特別なことをするわけでもなく、優しい声で澄花が好きだった児童文学を読んだり、学校でこんなことがあったのだと、話をするだけだった。

 穏やかな声で話をする春樹を、澄花は布団をかぶったまま、こっそり見つめるだけだったけれど、悪い気分はしなかった。

 そして通い続けて十日ほど経ったある日、春樹は澄花のベッドの横に置いてあるパイプ椅子にすわるやいなや、膝に乗せた通学バッグに手を突っ込んで、バナナを取り出した。


「ごめん、ちょっとバナナ食べていい?」


(――え?)


「お腹空いちゃってさ。あはは」


 呆然とする澄花の前で、春樹はバナナの皮をむき、そのままぱくりと頬張って――むしゃむしゃと咀嚼しはじめたのだ。


(バナナ……)


「今日、昼飯食べ損ねてさ」

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