今宵、エリート将校とかりそめの契りを
『何人死んだと思ってるんだ。十分卑劣だ。故意に値すると言っていい!」』


そう言い放った正一の声には、自分の言葉を信用しない琴への憤りと困惑が滲み出ていた。


(そうよね……。その通りだわ)


これ以上考えていたら、ますます心が鬱屈してきそうだ。
琴は顔を伏せて首を横に振った。


ふと時計を見上げると、頭を悩ませている間に、さらに十分の時間が過ぎていた。


(待たなくていい。先に寝よう)


そう決めて、琴はソファから立ち上がった。


「背中合わせで眠るだけなら、待つ意味もないわ」


先に眠る言い訳を自分に向けて、続き間を出て総士の寝室に入る。
その途端、琴の胸を過ったのは、総士ではなく正一の姿だった。
無意識にギクリとして、琴は足を竦ませた。


正一が自分を好いていてくれたことを、琴は全然知らなかった。
彼はすべて受け入れ、それでも求婚してくれたというのに、琴は今も総士の寝室にいる。


もともと総士との契りは仮初めだ。
正一が本当に軍部に告発して、総士が犯した過誤と隠匿が明るみに出れば、もっと早く離縁できるだろう。
その時は、正一と佐和子の申し出通り、上木家に嫁ぐのも可能だ。
しかし……。


(なんだろう。彼の気持ちは嬉しいのに……)


総士との婚礼衣装の反物を選んでいた時の方が、気持ちはウキウキと高揚していた――。
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