今宵、エリート将校とかりそめの契りを
それからどのくらい経ったか、続き間の方で微かな物音がした。
しんと静まった寝室には、小さな音でもよく響く。


眠りに落ちていこうとしていた琴の意識が、再び覚醒へと導かれる。
琴は猫のように丸く縮めていた身体を解き、片肘を支えにして上体を起こした。
それとほとんど同時に、寝室のドアが開く。


「総士さん? お帰りなさい」


寝室の光源は月明かりだけで仄暗いが、続き間の電気は点いている。
ドア口に立った総士は灯りを背に浴びていて、琴には一瞬その顔がはっきりと見えなかった。


「ただいま」


短い返事。
もちろん総士の声だった。


「総士さん……?」


しかし、いつもより少し低いのが気になり、琴は無意識にしっかりと起き上がった。
寝室に足を踏み入れた総士を、目で追うように見上げる。


帰ってきたばかりなのか、彼はまだ軍服姿だった。
制帽は手に持っている。


「先に横になってしまい、申し訳ありません」


待つ必要はないと決めベッドに入ったものの、こうして目覚めて帰りを迎えている今、琴は一応そう謝った。


「ああ」


なぜだか総士は素っ気ない。
そんな彼に違和感を覚え、琴は首を傾げた。


「あの……?」


先にベッドに入ったことで、そんなにも気分を害してしまったんだろうか。
琴が呼びかけた声は、不安で怯んだものとなった。
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