今宵、エリート将校とかりそめの契りを
そんな中、琴も数少ない洋装だ。
しかし、洋服を身に纏っただけで、『モガ』のような短髪ではない。
琴の黒髪は腰まで長く、その半量を結い上げている。
女学生スタイルから抜け切らない、『モガ』というにはあまりに中途半端な姿だ。
そのせいか、琴は一際人目を引いていた。


それでも、久しぶりに街を歩く琴の気分は高揚していて、人目などまったく気にならなかった。
華やぐ街並みに胸を弾ませ、通りのカフェの看板に立ち止まっては、『オムレツライス』や『コロッケ』というメニューに唾を飲む。
ミルクホールから漂う、ホットミルクとメリケン粉を使った洋風菓子の甘い香りに鼻をクンクンさせながら、大きく深呼吸をして歩いた。


しかし、一通り堪能してしまってから、ハッとして我に返る。


(いけない。つい気が緩んじゃった……)


琴は慌てて自分を戒めた。


しかし、それも無理はない。
琴はかなり緊張して名取家から抜け出そうと試みたが、拍子抜けするほど簡単に成し得てしまったのだ。


屋敷の玄関から堂々と庭に出て、重厚な門に近付くまで、女中頭の目がないか、庭師や男の使用人の姿も探したが、門から出るまで、呼び止められることも咎められることもなかった。
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