今宵、エリート将校とかりそめの契りを
とはいえ、琴の腹の生理現象も無理はない。
琴は今朝からなにも食べていなかったのだ。


先ほどまでは、緊張と、今日一日のあまりの目まぐるしさに、他に神経を働かせる余裕もなかったが、なにも口にしないまま昼はとっくに過ぎ、太陽はもう西の空に傾き始めている。


腹の虫を耳にしたことで、空腹を自覚してしまう。
それを総士に聞かれてしまい、乙女としては穴を掘ってでも入りたい気分だ。
だというのに、追い打ちをかけるように、グググルル……と先ほどとはまた違った音で腹が鳴る。


「う、うううう……」


まるで酔っ払ったタコのように全身を赤く染め、半泣き状態の琴をジッと見下ろし、総士はブブッと吹き出して笑った。
それで火がついたかのように、肩を揺すって遠慮なく笑い声をあげる。


「くっくっくっ……あっはっは!」

「わ、笑うなんて酷いです! 恥ずかしいのに……」


目尻に涙まで浮かべて爆笑する総士を、琴は涙目で恨みがましく咎める。
不貞腐れて唇を尖らせると、総士は口元を肩口に隠し、「すまんすまん」と謝ってから、繋いだままの手をグイと再び引っ張った。


「そ、総士さ……?」

「琴、せっかく銀座にいるんだ。甘い物でも食べて行くか」

「っ、え?」
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