今宵、エリート将校とかりそめの契りを
(こんな薄い布の夜着で男の人の前に出るなんて。恥ずかしい。どうしよう……)


琴は逃げ場を探して、思わず背後を振り返った。
逃げようと思えば逃げられる。
しかし、琴の女学校の制服はどこに持っていかれてしまったか、それもわからないのだ。
当然のことながら、この姿で外に出られるわけがない。


そして女中頭は、琴のそんな様子をまったく気に留めてはくれない。
恥ずかしがる琴にくるりと背を向け、無情にも、総士の部屋のドアをコツコツと二回ノックした。


「っ、あ!」


無駄だとわかっていながら、彼女を止めようとして、琴は短い声をあげた。
しかし、女中頭が怪訝そうに眉を寄せて琴を振り返るより先に、ドアが内側から開かれてしまう。


「遅い。総士様は先ほどからお待ちだ」


中から顔を出したのは、厳つい黒縁眼鏡をかけた忠臣だった。
もう夜も十時を過ぎるというのに、彼は昼間と同じ黒いスーツを纏ったままだ。
女中頭は従順に「申し訳ありません」と謝罪して、頭を下げるだけ。


忠臣は彼女には目もくれず、その後ろで縮み上がっている琴に視線を流した。
彼がわずかに目を細め、「ほう」と小さく口を動かす。


忠臣からも女中頭と同じように、品定めするように上から下まで見られ、琴の顔は一層赤くなった。
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