いとしい君に、一途な求婚~次期社長の甘い囁き~
「話してくれてありがとう」
「こちらこそ、聞いてくれてありがとう。気持ちのいい話じゃなくてごめん」
お代わりを頼もうかとメニューを手にした彼に、私は頭を振る。
「気にしないで。話してもらえて嬉しいから」
正直に気持ちを伝えると、いち君はメニューに落としていた視線を私に戻し、安堵と喜びを混ぜたような笑みを浮かべた。
私も笑みを返し、まだあまり中身の減っていないグラスに触れる。
「いち君はさ、昔から立ち回るのが得意でしょ? 上手に相手の心を揺さぶったり、引きつけたり、まとめてみたり。私には真似できないからすごいなって思ってる」
もしかしたら、それは父親のことがあるから上手くなったのかもしれない。
厳しくも身勝手な父親の心を変える為。
健気に子供たちを支えながら耐える母親を救う為。
年の離れた兄弟が自分のように悩み傷つかないようにする為。
明倫堂の跡取りとして与えられた役割を果たす為。
うまく立ち回れば悪いことにはならないと得た処世術。
だけど、その裏には凄い努力があるはずだ。
マメだったり、人の機微に聡くないといけなかったり、常に気を張ってるイメージがある。
もちろん、元々その才能に長けてるのもあるだろうけど、持っているだけでは活かせない。
活かす為にはやはり努力が必要なのだ。
「でも、それって本当は凄く本人の負担になるんじゃないかなって思うの。だからね」
そこで一度言葉を切って、私は斜め向かいに座るいち君を見つめる。
「頑張らない時間も作ってね」
辛いなら辛いと言っていい。
悲しいなら泣いてもいい。
苦しいのを我慢して無理して前を向いても、吐き出さないと消えないものもあるから。
だから、時々は吐き出して。
役に立つかはわからないけど、私で良ければいつでも聞くよ。
なるべく穏やかな口調で伝えると、いち君は瞳を揺らめかせ、ありがとうと言った。
その表情は、店に入る前の彼と比べると晴れやかな気がした。