いとしい君に、一途な求婚~次期社長の甘い囁き~


「話してくれてありがとう」

「こちらこそ、聞いてくれてありがとう。気持ちのいい話じゃなくてごめん」


お代わりを頼もうかとメニューを手にした彼に、私は頭を振る。


「気にしないで。話してもらえて嬉しいから」


正直に気持ちを伝えると、いち君はメニューに落としていた視線を私に戻し、安堵と喜びを混ぜたような笑みを浮かべた。

私も笑みを返し、まだあまり中身の減っていないグラスに触れる。


「いち君はさ、昔から立ち回るのが得意でしょ? 上手に相手の心を揺さぶったり、引きつけたり、まとめてみたり。私には真似できないからすごいなって思ってる」


もしかしたら、それは父親のことがあるから上手くなったのかもしれない。

厳しくも身勝手な父親の心を変える為。

健気に子供たちを支えながら耐える母親を救う為。

年の離れた兄弟が自分のように悩み傷つかないようにする為。

明倫堂の跡取りとして与えられた役割を果たす為。

うまく立ち回れば悪いことにはならないと得た処世術。

だけど、その裏には凄い努力があるはずだ。

マメだったり、人の機微に聡くないといけなかったり、常に気を張ってるイメージがある。

もちろん、元々その才能に長けてるのもあるだろうけど、持っているだけでは活かせない。

活かす為にはやはり努力が必要なのだ。


「でも、それって本当は凄く本人の負担になるんじゃないかなって思うの。だからね」


そこで一度言葉を切って、私は斜め向かいに座るいち君を見つめる。


「頑張らない時間も作ってね」


辛いなら辛いと言っていい。

悲しいなら泣いてもいい。

苦しいのを我慢して無理して前を向いても、吐き出さないと消えないものもあるから。

だから、時々は吐き出して。

役に立つかはわからないけど、私で良ければいつでも聞くよ。


なるべく穏やかな口調で伝えると、いち君は瞳を揺らめかせ、ありがとうと言った。

その表情は、店に入る前の彼と比べると晴れやかな気がした。


< 155 / 252 >

この作品をシェア

pagetop