いとしい君に、一途な求婚~次期社長の甘い囁き~


「い、いち君──じゃなくて、東條、さん」


そこに立つ幼馴染をいつものように呼びそうになって慌てて言い直すと、いち君は小さく笑う。


「別にいちでいいよ。でもまあ、お互い立場もあるし、少し寂しいけど仕事の時は苗字にしようか」


僅かに首を傾けて、さらりと髪を揺らしたいち君の提案に私は頷いて了承した。

もしかしたら会えるかもとは思ってたけれど、まさか打ち合わせが始まる前に鉢合わせるとは予想していなかった。

それより、とりあえずさっきの質問だ。


「誰も探してません。凄く立派な会社だなと思って」


立ち上がりながら「いち君すごいね」と、うっかりいつもの呼び方と話し方になってしまって口元を慌てて押さえる。

すると、彼は苦笑した。


「凄いのは俺じゃなくて祖父や父だから」


紡がれた言葉は謙遜。

けれど、一瞬、翳る瞳。

まるでそれを隠すように瞼が伏せられた。

大企業の御曹司となれば、色々と思い悩むこともあるのだろう。

立場の違う私は、無遠慮に立ち入ることも上手く励ます勇気もなく、それでも彼の心労を案じて見つめていたら、いち君は気持ちを切り替えるようにニッコリと微笑んだ。



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