恩返しは溺甘同居で!?~ハプニングにご注意を!!

 その日の夕方。

 「これでヨシっと!」

 キッチンに所狭しと並べんでいる下拵え完了の食材を見て満足した私は、額の汗を拭った。
 修平さんにリクエストされたハンバーグは大き目に丸めてある。後は彼が帰宅してから焼くだけだ。他にも数種類の野菜で作ったカラフルサラダ、ミネストローネを作った。
 本当はもっとパーティっぽいメニューも加えたかったのだけど、今の私の力量ではこれが精一杯。

 実はケーキも用意した。
 お誕生日と言えばホールのケーキ。修平さんが甘いものが好きかどうかを聞き忘れたけど、もし苦手だったら明日にでも私が残りを食べればいいか、と思って小さ目のホールを買ってきたのだ。
 お菓子作りは得意な私。本当はお料理よりもお菓子作りの方が好きなんだけど、ココにはお菓子作りの道具がない。自宅アパートから持ってこようか、とも考えたけど、もし修平さんが甘いものが苦手だったら、恋人でもない私が作ったケーキなんて重たいかも、と思って止めた。
 『恋人でもない私』と考えたところで、胸の奥に何か尖った物が刺さったみたいな感じがしたけれど、食事作りに専念するうちに、すっかりそのことは忘れてしまった。 

 
 ここ数日間で、このキッチンにもすっかり慣れた自分に内心驚いている。
 このキッチン、というか、この家での生活全てに、だ。

 修平さんとの暮らしはとても楽しい。

 ほとんど初対面の彼と一緒に暮らすことになった時は、本当にどうしようかと青くなったりしたけれど、借りている客間は私の住んでいたアパートの部屋よりも広いし、ゲスト用のシャワールームが部屋の前にあるから、夜にお風呂に入ったり朝身だしなみを整えたりするのに気兼ねしなくて済んでいる。
 私の休みが土日ではないこともあって、家の中で一緒に過ごすのはごくわずかで、ほとんど食事の時くらいだ。

 そして、修平さんは私に必要以上には近付いてこないことも大きな理由の一つだと思う。
 ちょっとのことで赤くなったり戸惑ったりする私のことを面白そうに構ってくることは良くあるのだけど、一定の距離を取っていて、それを無理やり縮めてくるようすもない。
 そのことに気付いてからは、彼の前で肩の力を抜いて過ごすことができるようになった。

 修平さんが私の頭を気軽に撫でることは割とよくあるのだけれど、それ以上にアンジュのことを事あるごとに撫でたり擦ったりしている。アンジュは犬だからからもちろん話すことは出来ない。でも修平さんは、まるでアンジュが話すことに返事をしているみたいに声をかける。それを見ていると、彼らは本当の家族なんだな、って思えてくる。
 だから私のことを撫でるのも、『家族』みたいに扱ってくれてるからだ、と思うようになった。 

 『家族』みたいに接してくれて嬉しい。
 嬉しいはずなんだけど、何故だか胸が時々軋む。
 私は自分に芽生えたこの気持ちが一体何なのか良く分からない。
 どこかから降ってきたモヤモヤとした何かが、心の底に少しずつ溜まっていくような気がした。

< 111 / 283 >

この作品をシェア

pagetop