本日、結婚いたしましたが、偽装です。


食事の後、課長はテキパキと後片付けをしてから、またリビングのソファーに座り、微妙な距離を置いて私の隣にいた。


初めて課長の家に来て、初めて課長の手料理を食べて、それがとても美味しくて……。


私は、少し不思議な気分だった。


「佐藤、もう帰るか?」


不意に、課長が少し低い声でそう言った。


あ、そうだよね…。


課長は、私と食事をする為という理由だけで、泣いて外で食事は出来そうにない私を、わざわざ自分の家に連れて来たんだ…。


だから、食事は終わったんだから、もう私は帰らないと。


明日も仕事だから、課長の家に長々とお邪魔したら、迷惑だろうし…。


でも、どうして?


そう思うのに、何故か、『帰ります』という一言が言えなかった。


一抹の寂しさに包まれて、私はそうなる訳が分からず、心の中で小首を傾げる。


どうして、一瞬、『帰りたくない』なんて、思ったんだろう?


最も苦手な人の課長の家にいるのに、もうちょっとだけ、居たいなんて…。


それも、『家』じゃなくて、『課長』と居たいなんて…。


もしかして、課長が優しいから?








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