強引ドクターの蜜恋処方箋
コピー機にまた静けさが戻る。

「あと、恋人役をするに当たって南川さんのこと下の名前で呼ばせてもらうよ。いいよね?チナツ」

「え?」

急に名前で呼ばれて一気に顔が沸騰する。私、この状況でどう答えたらいい??

「恋人なのに南川さんじゃよそよそしいだろ?俺も慣れとかないとね、チナツって呼ぶのに」

松井さんの口から『チナツ』と呼ばれるたびに、なんだかむずかゆいような、恥ずかしくて顔を隠してしまいたいような衝動にかられる。

「チナツも俺のこと、雄馬って呼んで」

「・・・ゆ、うま?」

松井さんの顔を見つめながらその名前を呼んだ。

ただそれだけなのに、こんなにも胸がドキドキする。

「さすがに呼び捨ては恥ずかしすぎます」

熱くなった頬を押さえながら、

「雄馬さん、でもいいですか?」

と伝えた。

松井さんのキラキラした眼が優しく頷いた。

「早く慣れろよ。俺の名前」

そう言うと、松井さん呆然と立ちつくす私を残してコピー室から出ていった。

「・・・雄馬、さん」

松井さんが出て行った方を見つめながら、もう一度小さくつぶやいた。


そして、いよいよ決戦の土曜日がやってきた。

松井さんに迎えに来てもらうってことと、自分の母親につく嘘に朝からそわそわしていた。

お昼過ぎに松井さんから連絡が入り、約束通り家の前まで車で迎えにきてくれた。

松井さんの助手席に乗る。

あの日乗った時は動揺しすぎてわからなかったけれど、

座席は革張りで体をすっぽり包み込むような形でとても乗り心地がいい。

あまり車のことは知らないけれど、高級車だっていうことはすぐにわかった。

松井さんのように心地いい座席にゆったりと体を預けた。

「今日はよろしくお願いします」

「こちらこそ」

松井さんは車のアクセルを踏み、ゆっくりと車が動き出した。

「俺実は緊張してるんだぜ。チナツのお母さんに会うってことと、恋人役を演じるってことに。こんなお願いされたの初めてだしさ」

「私も同じくです。ほんとにすみません、こんな大変なこと頼んじゃって」

「でも、チナツのお母さんを安心させる為だもんな。俺もきちんと恋人させてもらうよ。あと、」

松井さんはそう言いながら、車は加速し始め高速に乗った。

「恋人なんだから、もう少しフランクに話してよ。かちんこちんの敬語じゃすぐ恋人が嘘だってばれちゃうぞ」

「あ、はい」

「はい、じゃなくて、うんっでいいよ」

松井さんはちらっと私を見て微笑んだ。

「・・・はい」

「やっぱだめだな、チナツは。ま、いいけどさ」

松井さんは前を向いたまま吹き出して笑った。

私も自分自信がおかしくて笑った。

恋人、なんだ。

今日だけは。

高速の上に広がる空はきれいな青空が広がっていた。




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