強引ドクターの蜜恋処方箋
「私、まだ半分も食べてないのに」

その食べる速さに思わず笑ってしまう。

「あんまりにもおいしかったからさ」

雄馬さんは私の髪をそっとなでた。

「ありがとう」

眼鏡の奥の切れ長の目が優しく微笑んだ。

私の髪には彼の大きな手の感触がいつまでも残っていた。

雄馬さんは横で頬杖をついて私をじっと見つめているから非常に食べにくい。

「そんな見られてたら食べにくいんですけど」

と雄馬さんの方に目を向けると、いつのまにか頬杖をついたまま目をつむって、こっくり船を漕いでいた。

疲れてるんだね。

毎日寝不足だって言ってたもん。

起こさないでおいてあげよう。

しゃべらなくても、こうして隣で雄馬さんの寝顔を見ているだけで幸せな気持ちで満たされていた。

なんて無防備な顔して寝てるんだろう。

疲れてるのに、こうして少しでも私のために会う時間を作ってくれたことが嬉しい。

その愛しい雄馬さんを見つめながら、残りのお弁当を食べ終えた。

頬杖をついていない方の雄馬さんの手がテーブルに無造作に投げ出されている。

その手をそっと握った。

雄馬さんは目をつむったまま「んん・・・」と小さくうなる。

あ、起こしちゃった?

「チナツ?」

トロンとした雄馬さんの目がゆっくりと開いた。

「あ、ごめん」

「ううん、いいの。疲れてるんでしょ?貴重なお昼休みだからもう少し寝てて下さい」

雄馬さんは眠たそうな目をしたまま私の頬の輪郭を自分の人差し指でゆっくりとなぞっていく。

そしてその指は私の唇に触れて止まった。

顔が熱くなる。

「せっかくチナツがいるのに寝ちゃもったいないよな」

雄馬さんはそう言うと、私の顔を引き寄せてキスをした。

その時、会議室の外でバタバタと忙しく誰かが行き来する音が響いてきた。

雄馬さんの顔が私から離れた。

「急患かな」

一瞬にして険しくなったその表情は一人の医師だった。

普段見ない緊迫した眉と目元に雄馬さんの今を見たような気がした。

「ごめん。行った方がよさそうだ」

「うん。私のことは構わず行って下さい」

雄馬さんは立ち上がり椅子の後ろにかけていた白衣をすばやく羽織った。

そして、会議室の鍵を開けた。

ドアの取っ手を持ったまま私の方に振り返ると、「今日はありがとう。おいしかったよチナツのハンバーグ」と微笑みドアを開けて颯爽と出ていった。

「ありがとうはこっちの方です」

私は雄馬が出て行った扉を見つめながら、小さく呟いた。




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