強引ドクターの蜜恋処方箋
昼食を済ませてすぐ敬吾くんのケアのため、血圧計と体温計を持って511号室に急いだ。

「失礼します」

声をかけて部屋の扉を静かに開けた。

敬吾くんは苦しそうな顔で寝ている。

顔も赤い。

まだ熱は高そうだった。

点滴が付けられた腕が痛々しく内出血をしていた。

かわいそうに。こんな幼い体でがんばってるんだね。

「敬吾くん」

目をつむっている敬吾くんの肩に優しく触れながら呼んだ。

敬吾くんは、ゆっくりと目を開ける。

「なんだ、松井先生じゃないんだ」

顔は赤いけれど、一著前の口を叩く。まぁ、10歳の男子ってこんなもんかな。

私は笑いながら、

「松井先生じゃなくて残念ね。今日の午後は私、看護師の南川が担当します。何かあれば遠慮なく言ってね」

「ふぅん。あんまり見たことない顔だな。新米看護師?」

「ええ。まだ実習中。看護師になるために勉強してるの。とりあえず、お熱と血圧だけ先に計らせてもらうわ」

「実習生なのに、ちゃんとできるの?」

なかなかの口ぶりに思わず吹き出す。

これだけ物が言えれば、顔は赤いけれど朝の薬が効いているのかもしれない。

「できるわよ。それくらいは、もう何度も実践済み」

敬吾くんの熱は、お昼前と比べると少し下がり始めていた。

呼吸も落ち着いている様子。

血圧は少し高めだけれど安定している。

よかった。

ベッドの横の丸イスに座った。

「どこか痛いところとか苦しいところはない?」

敬吾くんの細い腕をゆっくりとさすりながら尋ねた。

「それはないけど・・・僕、また二学期から学校行けるかな」

そう小さくつぶやいた。

私の胸がきゅっと痛む。幼い胸の内できっと必死に不安と戦っているんだろう。

「きっとよくなるわ。先生や看護師さんがついてる。一緒に病気に勝てるようがんばろう」

「本当?」

私は敬吾くんの瞳を見つめて頷いた。

「看護師さんが擦ってくれる手、すごく気持ちがいい」

敬吾くんは目をつむった。

「なんだかそうやって擦ってもらったら安心する。そんなことしてくれた看護師さん、南川さんが初めてだよ」

「そっか。ならよかった。いくらでも擦ってあげるわ」

私は微笑みながら、ゆっくりと敬吾くんの腕を擦り続けた。

敬吾くんが突然目を大きく見開いて私を見た。

「そうだ、松井先生って他の看護師さん、皆かっこいいって言ってたけど、南川さんもかっこいいって思う?」

な、何?突然!

「う、うん。かっこいいわよね」

そう言いながら顔に血が上っていくのを感じていた。

あらためてそんな風に口にするとなんだか、ね。

「僕もかっこいいって思う。背も高いし、イケメンだし、すごく優しいんだ。頭だっていいし。僕も、元気になったら絶対松井先生みたいに白衣着て、病気の子をいっぱい助けるのが夢なんだよね」

そのキラキラした敬吾の目を見つめながら、ああ、もうこの子は絶対治るとなぜか確信していた。

敬吾くんにもキセキが起こると。

「そうね。敬吾くんならきっと松井先生に負けないくらいかっこいい先生になれると思うわ」

「本当?」

「じゃ、僕が松井先生みたいにかっこいい医者になったら、僕のお嫁さんになってくれる?」

そんなことを突然言い出した敬吾くんに驚きながらも、

「よろこんで」

と敬吾くんの頭をそっと撫でながら笑った。

そんなたわいもない話をしていたら、顔の赤みが少しずつひいていくのがわかった。

雄馬さんが昨晩峰岸先生と相談して変えた新しい抗生剤が間違いなく効いてる。

手元の引き継ぎノートに敬吾くんの様子をメモした。





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