強引ドクターの蜜恋処方箋
担当するフロアの患者さん達の体温と血圧を計り終わってナースセンターに戻ると、Tシャツの上から白衣を着た雄馬さんが誰かのカルテを見ながら難しそうな顔をしてイスに座っていた。

昨日のラフな格好とは違う、白衣姿の彼は未だに見慣れなくてドキドキする。

雄馬さんが戻ってきた私にちらっと視線を向けた。

もちろん、病院では私達が付き合っているのは内緒だから、私は雄馬さんに軽く会釈をしただけですぐに自分の席に戻る。

引き継ぎ表に朝の検査事項を記入していきながら、再び雄馬の方を見ると、雄馬も顎に手をやったまま私をじっと見つめていた。

顔が熱くなる。

こんな場所でそんなに見つめられたら、どうしていいかわからなくなる。

黒いTシャツと白衣の白が妙に雄馬を色っぽく見せているせいもあって、余計にドキドキしていた。

だめだめ、こんな場所で浮わついてたら。

すぐに引き継ぎ表に視線を戻した。

仕事に集中しなくちゃと気持ちを切りかえようとした時、

「南川さん」

雄馬さんが私の名前を呼んだ。

「は、はい」

返事をしながら彼の座っている方に再び顔を上げると、既に雄馬さんは私のデスクのすぐ横に立っていた。

白衣のポケットに両手を突っ込んだまま、私だけに聞こえるような小さな声で言った。

「昨日はごめん」

「い、いいえ」

朝、看護師達の噂話を思い出して、一瞬自分の頬が強ばるのがわかった。

「今日は俺の担当の井阪敬吾くんのケア担当、君がやってくれるんだって?」

私は引き継ぎ書に目をやったまま頷いた。

「何か困ったことがあれば連絡してほしい。俺は1階で予約患者の診察をしてるから」

「はい」

「君なら安心して任せられるよ。よろしく頼む」

そう言うと、私の頭を優しく撫でるとそのままセンターから出て行った。

その途端、2名ほどの先輩看護師達が私を囲む。

「南川さん、松井先生と何しゃべってたの?」

「いいなぁ、私ですら、まだ挨拶しかしたことないのに!」

私は動揺を悟られないように、必死に笑顔を作って答えた。

「午後から私が担当する井阪敬吾くんのことお願いします、ってだけです」

「そうなんだぁ。ほんと、それだけ?」

「それだけです。」

「松井先生のファン、多いから抜け駆けしちゃだめよー。ってもう今日で実習も終わりか」

先輩達は顔を見合わせて笑った。

嫌なことばかりではなかった1週間だったと、先輩達の笑顔を見ながら思った。

私も、数年後にはこの場所に看護師として立ちたい。

誰かの心の支えになるために。

まず今日は敬吾くんのためにがんばらなくちゃ。

雄馬さんと峰岸先生のことは頭の中の見えない引き出しに閉まっておこう。



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