強引ドクターの蜜恋処方箋
田村さんは、その後も自分の仕事の話や学生の頃の話を楽しく聞かせてくれた。

普段の営業という仕事柄、話題が豊富で飽きさせない。

さすが営業部のホープって感じがした。

ウィスキーの2杯目が空になった時、田村さんはさりげなく腕時計に目をやった。

「もうこんな時間か。遅くなっちゃったな」

私も自分の腕時計に視線を落とした。

もう23時になるところだった。

「終電なくなっちゃまずいし、そろそろ帰ろうか」

ほんとだ。話上手の田村さんに付き合ってたらもうこんな時間。

私のグラスが空になっているのを確認すると、田村さんは立ち上がった。

私もゆっくりと立ち上がる。

その時、すっと田村さんの手が私の肩に置かれた。

その手に意識が集中して、一瞬で体が硬直する。

「今度は、もっとゆっくり2人きりで話したいな。チナツちゃん」

田村さんは低音で私の耳元にささやいた。

チナツちゃんって言われて、心臓が飛び出そうになる。

耳元で下の名前で呼ばれるなんて。

お酒のせいか、田村さんが私の肩に置かれた手がものすごく熱い。田村さんの瞳も熱く潤んでいた。

その熱い眼差しから目を逸らすことすら憚られるような。

私の肩に置かれた田村さんの手がゆっくりと離れた。

同時に私の緊張もほぐれていくのがわかった。怖いくらいの呪縛からようやくほどかれたように妙にドキドキしていた。

駅まで田村さんと少し距離を置いて歩く。

誰かに見られちゃまずいような気がして。

社内で誰かに見られたら、瞬く間に根も葉もない噂が一気に広まっちゃうからね。

駅の改札口の前で、田村さんが振り返った。

「じゃ、また連絡するよ。おやすみ」

優しい眼差しで私を見つめ、片手を挙げると、そのまま改札を抜けて行った。

私はその後ろ姿を見つめながら、

「ふぅ-」

と大きく息を吐く。

・・・疲れたぁ。

やっぱり田村さんと私は次元が違いすぎる。

なのにどうして田村さんがこんな私を相手にするのかも全く謎だった。

ぐっと両手を挙げて大きく伸びをすると、田村さんがさっき通って行った改札をくぐった。
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