一途な小説家の初恋独占契約
秘密のサイン
翌朝、私はいつも通り出勤することにした。

結局、ろくに引き継ぎもできないまま仕事を放り出さざるを得なかったのが、気になっていたからだ。
営業部の方でも、ジョー側の用事が特にないなら、一度会社に来て欲しいとのことだった。

ジョーは、今日一日フリーだそうで、私と一緒に会社に出向くという。

「ジョーは、タクシーで行ったら?」
「汐璃の普段の通勤経路で行きたい」

東京の会社員の暮らしを知りたいそうだ。

少し早めに家を出ると、すれ違う人が驚いたようにジョーを見上げている。

漏れなく全員、見上げているのだ。
まだ、ジョーより背の高い人に出会っていない。

私鉄に乗って、渋谷まで出る。

「いつもこんなに混んでるの?」

駅に停まり、人の入れ替えがあった隙に、ジョーが尋ねる。

「うーん、今日は少しマシな方だよ」

時間が早かったせいか、押し潰されるほどではない。

いつも、乗車率ランキングで上位を取っている路線だ。
四方をぴったり囲まれるくらいは、我慢しなければならない。

ジョーは、周りより頭一つ分高いから、視界も開けているだろう。

つり革は全部埋まっているけれど、ジョーはその上のバーを掴んで、揺れる電車でもどっしりと構えている。
人に押されるまま、あっちこっちに揺らされる私とは大違いだ。

「やっぱり、タクシーで行けば良かったね」

アメリカで作家生活を送っているなら、こんなに混んだ電車に乗ることはないだろう。
それなのに。

「汐璃を支えられるから良かった。ほら、ちゃんと僕に掴まって」

片手で抱え込むようにしてくれるから、電車の籠もった空気のせいじゃなくて、息が苦しくなったような気がした。
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