王子様とハナコさんと鼓星
私、なに泣いているんだろう。
泣いていたって、どうにもならないのに。
こういう痛みは嫌い。心がすれ違う痛みは、とても苦しくて、息も出来なくなる。
唇を噛み締め、私は走った。凛太朗さんの背中をまた追いかける。
無我夢中で走り続けて赤信号で止まるその背中に飛びついて力強く衣服を掴んだ。
「凛太朗さん!」
大きな声に、周りの人達が一斉に私達を見る。ヒソヒソと野次が飛ぶ中、凛太朗さんはそっと振り返る。
「離してよ。いま、行き場のない感情を抑えるのが精一杯だから」
「で、でも…こういうの…すれ違いとか…嫌だ。こうやって、気まずくなって…ダメになっちゃうんだもん」
「…華子」
「いやだ。ごめんなさい、ごめんなさい」
そう言うと、凛太朗さんは深く長いため息を吐いた。
「なににたいして、謝っているの?」
「…私…凛太朗さんを信じていなかったわけでないんです。ただ、純粋に…なんて言えばいいのか分からなかった。考えれば考えれるほど…わからなくて…言えなくて…自分でも、自分の考えが分からない」
「分からない事が、俺には分からないよ。そんな迷いなんか捨てて、言葉は支離滅裂でも話して欲しかった。悔しかったよ。風間から怪我の話、川上さんからあの男が華子を惑わす電話を掛けてきた事を知った時。俺が支えになりたかった」
「ごめん、なさい」
「だから、謝るなって」
信号が青に変わる。知らない男女の痴話喧嘩だと笑う声や好奇の視線が突き刺さる。